遠くの目的より、手の中のティーカップを見つめて。 村上みゆきさん Vol2

 

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ワガママになるって難しい……。
そう考える私が、見事にワガママに、そして生き生きと生きる方にお話を伺いに行くシリーズ
「美しきワガママンたち」。
前回より、東京、西荻窪で紅茶教室「お茶の時間」を主宰されている、村上みゆきさんにお話を伺っています。

古いマンションの扉を開けると、玄関のすぐ脇にキッチンがあります。
その脇を通り抜けると、大きな窓のある小さな部屋。
真四角ではなく、変形な間取りの中に味わい深い木のテーブルが置かれ、
ここに生徒さんが座るのだとか。

実はここ、村上さんの住まいを兼ねています。
なのに生活感ゼロ。
こじんまりしたティーサロンの趣で、
私はそのことにとても感動したのでした。

ここまですっきり部屋を整え、生徒さんを迎えるためには、
「そのための生活」をしなければならないはず。
ソファに寝転がってテレビを見たり、
読みかけの雑誌を散らかしたり、
はできなくて、
洋服は収納スペースに入る分だけを持ち、
夜は布団を出してきて、朝になったら片付ける……。

それは、まさに「紅茶」が真ん中にある暮らし方。
村上さんにとって、「紅茶」ってそんな存在なのだなあと……。

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まずは村上さんが、この大切な「紅茶教室」を手に入れるまでのお話をうかがいました。

辻調理師専門学校の製菓を卒業後、初めて就職したのは、
地元のケーキ屋さんだったそうです。
子供の頃からの夢だった、お菓子の仕事をするにあたって、
もっと大きな野望を抱いたのかと思いきや、最初は小さな一歩に。

村上さんのお話を聞いていると、こんなふうに、
「お菓子」以外のこと、たとえば、有名パティシエの元で働くとか、
有名店で働くなど、「名前」や「肩書き」には、まったく無頓着だったことに驚きます。

私は、どうしても一歩を踏み出すなら、その「一歩」が意味のある一歩に、
評価される一歩に、と考えてしまいます。
視線はいつも前へ前へ。
その結果「今」の手元がおろそかになってしまう……。
村上さんのお話を聞きながら「着実」ということは、
こういうことなのだ、と思いました。

1年間働いたのち、当時から大好きだったという「アフタヌーンティ」へ転職。
途中で、雑貨好きなこともあり「アフタヌーンティリビング」でも働き、
さらに、埼玉県幸手市にある、知る人ぞ知るパン屋「cimai」の三浦有紀子さんと知り合い
フードユニットを組んでイベントなどにも出店するようになったそう。

そして、ふと気づくと30歳一歩手前になっていたのだとか。

 

お茶の世界へ歩を進めたのは、イギリスに行ったのがきっかけ。
「アフタヌーンティに勤めていたときに、1か月イギリスでホームステイをしたんです。
リーフティの入れ方を教えてもらったり、ミルクティのおいしさを知ったり。
帰国後、せっかくだから、もう少し紅茶について勉強したいなと思って、紅茶屋さんに転職しました」。

村上さんの転機に、いつも付いて回っていたのが「学ぶ」という姿勢です。
「これが、どういういことなのか知りたい」
「もっと奥を覗いてみたい」。
その探究心と好奇心には驚くばかり。
「何者かになる」ということより、それは、ずっと重要だったよう。

お茶の販売だけでなく、ティーサロンを併設したお店だったので、
販売を担当する日もあれば、キッチンに入ってサンドイッチやスコーンを作ることも。

「すごく楽しかったんですよ」とニコニコと笑う村上さん。
「紅茶の専門店に買い物に来てくれるお客様って、『こういうお茶を探している』とか
『こういうのが好き』と要望がはっきりしているんですよね。
それに対して、「じゃあ、これはどうですか?」と提案したら、
一回で終わりではなく、また来てくださる。
そのときに『先日のお茶はどうでしたか?』と感想も聞けて……。
女性だけでなく、男の人がひとりでふらりと来てくれたり、
年齢の幅も広くて、すごく世界が広いなと思いましたね」。

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この紅茶屋さんで働いたことが、「実践的に一番勉強になりました」と村上さん。

「サロンが併設され、お茶を淹れる設備も充実していたので、
『まずは飲んで覚えなさい』っていう社風だったんです。
だから、朝行ったら飲みたいお茶を淹れて、休憩の時にも淹れて。
たくさん茶葉があって、旬のダージリンが年々増えていって、
春だけで多いときには、20種類以上はあったかな。
買いに来る人も、
『去年の〇〇農園の〇〇というダージリンが好きだったんだけど』と言われるので
去年の味の傾向を覚えておいて、『ああ、それがお好きだったら、たぶん今年のこのあたりの
お茶がお好きではないですか?』って提案するわけです」

この紅茶屋さんで2年間働いたのち、今ではもう閉店してしまった
東京渋谷にあった「アンノンクック」で働くように。

「最初はお客さんとして通っていたのですが、お菓子を作ってイベントのときに参加させてもらったり。
そのうちスタッフが足りないということで、お手伝いをするようになりました」

そして、働きながら、「イチからちゃんと紅茶を学んでみたい」と
「リプトン」が主宰するティースクールに通い始めました。

「いろいろテーマがあって、たとえば『紅茶と水』だったり、紅茶の『産地』だったり。
なんとなく今まで現場で覚えてきたことを、きちんと知識として学ぶ感じでした。
その頃は、まだ自分で紅茶教室をやるなんて、まったく考えていなかったんですが、
イベントとして『アノニマ・スタジオ』で、「1日紅茶教室」みたいなものを
やらせてもらったりしましたね」。

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ここまでお話を聞いてきても、村上さんの目的地はまだ見えてきませんでした。
いったい若き日の村上さんは、どこを目指し、どっちを向いて
歩いていたのか……。

私は、目的地を決めてからしか歩き出せない人種です。
目的があるからこそ、そこへ最短距離でたどり着くためのノウハウを考え、
今やることを決めることができる……。
ずっとそう考えてきたのです。

でも、世の中には目的を決めずに進むという方法もある。
そうわかってきたのは最近のこと。

去年から筋トレを始めたワタクシ。
毎日、毎日、朝起きたら、ヨガマットを敷いて、
インナーマッスルを鍛える、地味な運動をコツコツ続ける……。
そうすると、驚くほど短期間でお腹周りがすっきりし、
体重がするりと減りました。
筋肉をつけて、何をする、というわけではないけれど、
体が軽くなり、背筋がシャキンと伸びた気がして、
少しだけ自分に自信が持てるようになった気がします。
たかが筋トレですが、
今までと違う歩み方、進み方を知ることができました。

村上さんは、目的地ではなく、自分の手の中にある
ティーカップだけを見つめて、足を踏み出す方でした。
でも、確実にそこに力が宿り、ティーカップの中には、
おいしくて深い、村上さんだけの世界が構築されていったよう。

次回は、どうしてご自身で「紅茶教室」を開くに至ったのか。
そんな「次の一歩」について伺おうと思います。

 

撮影・清水美由紀

 

 

 


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