
庭に次々に咲くクリスマスローズを部屋に生けてみました。
冬の時期にはできなかった、「庭の花を飾る」という日々の小さな楽しみが
やっとできる季節になりました。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
上の写真の左端に、ちょっとぼけて写っている小さなオブジェ、
どこかで見たことありませんか?
大阪で開催された「灯しびとのつどい」で出会った小林拓矢さんの作品です。
実は、これ拙著の表紙に使わせていただいたもの。
じゃ〜ん!
3月18日に発売になる「褒められなくても、生きられるようになりましょう」(主婦の友社)
の見本誌があがってきました!

ちょっとのん気で、ユニークで、肩の力を抜いて座っている姿が、
この本にぴったりだなあと思って、
カメラマンの馬場わかなちゃんに撮ってもらったのでした。
子供の頃からずっと、「褒められなくちゃ、生きている意味がない」
と思い込んで過ごしてきた気がします。
頑張ったら、誰かに褒めてほしい。認めて欲しい……。
仕事だけでなくても、友達同士で集まっていても、
「イチダさん、すごいねえ」って言って欲しい、ってどこかで思っているし、
初めての人と出会ったら「私って、こんなことしてるよの」とわかってほしいと
知らず知らずのうちにマウントを取ったりしている。
そんな自分がイヤで、なんとか「褒められなくても、生きていけるようになりたい」
とずっと考えてきました。
そこで、この本を書きながら、
「褒められなくても、大丈夫な人になる」ためには、
どうしたらいいかを一生懸命考えました。
まずは、「褒められたい」という気持ちの奥には何が潜んでいるのか、
その構造を分解してみました。
たとえば、私が今夢中になっているテニスでは、
誰かに褒めてもらわなくてもへっちゃらなのです。
私が求めているのは、「昨日の私より、今日の私がうまくなること」のみ!
バックハンドがスパ〜ンと打てたら、
それを誰かが褒めてくれなくても、大、大、満足です。
つまり、「テニス」というもうひとつの世界を知ったから、
「褒めてほしい」から抜け出せたというわけ。
私は、今まで「褒められる」というたったひとつの価値でしか
世界を見ていなかったんだなあと気づきました。

次に、だったら褒められなくてもご機嫌でいるには、
どう暮らしたらいいんだろう?と考えました。
エッセイのタイトルはこんな感じです。
・自宅の中にある「幸せな風景」をひとつずつ再確認してみる
・台所の中にある「確かさ」に気づく
などなど。
文中にはこんなふうに綴っています。
「必要だったのは、そこにあるものを『幸せだ』と感じられる時うんのセンサーなのかも。
(中略)
自分が握りしめていたものが、さらさらとこぼれ落ちる砂のように不確かなものだとわかったとき、
人はやっと自分の身近にある本当に確かなものに気づくような気がします」

こんな本を書いたけれど、
これからも、私はつい「褒められたい」と思っちゃうと思います。
でも、褒められなくてしゅんとした時、
この本を書きながら「あ、そうか〜!」と見つけたものがあったらな、
「褒められたい」にがんじがらめにされず、
次の世界へ行く扉を、開けることができる気がしています。
編集の野崎さんが、裏帯にこんなふうに書いてくれました。
「もう、誰かの顔色に一喜一憂しない。『大人の承認欲求』との向き合い方」
私と同じように、ついつい「褒められたい」と思っちゃう方に、
読んでいただけたら嬉しいです。

「褒められなくても、生きられるようになりましょう」
3月18日発売です。
amazonでは、予約が始まっています。
よかったらお手に取ってみてください。
今日もいい1日を!