「受援力(じゅえんりょく)」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。
受援力とは、人の助けを受け入れることができる力のこと。
子育てしていると、
「人に迷惑をかけてはいけない」
「自分で何とかしなければ」と思いがち。
お母さん一人が家事育児を背負っていることも多いかもしれません。
吉田穂波さんは、母親として、一人の医師として、
この「受援力」という考えを広める活動をしていらっしゃいます。
「助けて、ということはむしろ人助け」
「助けられ上手は助け上手」
この言葉を聞いた時、
私は価値観が180度回転したかのような不思議な気持ちを味わいました。
私は、“人にお願いするより自分がやったほうが早い”と思っていましたし、
それに、人にお願いすることに罪悪感も抱いていましたから。
この言葉に救われるお母さんもいるのではないか。
そう思って、吉田穂波さんに取材を申し込みました。
吉田穂波さんは、産婦人科医で4女1 男のお母さん。
3人のお子さんを産んだ後に子連れでハーバードの大学院に留学されたエネルギッシュな女性です。
帰国後、東日本大震災の時には被災地で妊産婦や新生児の救護に当たったことも。
現在は、今年4月に開講された
「神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーション研究科」
という大学院の教授をしていらっしゃいます。
この大学院は、
ヘルスケア産業の分野で活躍する人材を育成する社会人向けの大学院だそうです。
吉田穂波さんとは、私が早稲田大学で働いている時に出会いました。
吉田さんが打ち合わせのために早稲田大学の研究室に訪ねてくださった時に、
“お仕事お疲れ様です”と、手作りのアロマスプレーを持参してくださって、
バリバリのキャリアの持ち主なのに、なんともいえない優しさと大らかさを感じました。
当時、子連れでハーバードに留学後、帰国されたばかり。
私は1人目の子どもを育てるのに精一杯になっていたというのに、
どうしてこんなにゆとりが持てるの?と驚きを隠せませんでした。
さらには、
「1人目の子どもに振り回される人生をリセットするために、2人目を産んだ」
と仰っていたことも忘れられずにいました。
1人目を産んだ時からどんな変化があったのだろう?
そんなことをぜひお聞きしてみたい、と思っていたら、
今回、インタビューさせていただく機会を得たというわけです。
今は「受援力」を広める活動をされている吉田さんにも
悩んだ時代がありました。
「1人目を出産した頃は、とにかく四角四面でした。
子どもにとってベストな環境を作って、
早寝早起きを心がけ、良いおもちゃ、良い刺激を与えたいと思っていました。
でも、子育てに正解ってないんです」。
子育てに正解を求めると、苦しくなります。
私も最初の子どもを産んだ頃は、少しでもいい刺激を与えようと、
本を読んだり人に話を聞いたり。
でも、子どもは思い通りにはなりません。
飛び交う情報の中で、何が正しいのか、
分からなくなってしまうこともありました。
吉田さんの1人目のお子さんは重い喘息を患い、
肺炎を繰り返し、入院することも多かったそうです。
一番ひどい時は3、4ヶ月間隔で病院に入院されていたこともあったとか。
その頃は、仕事どころではなかったそう。
「1人目の子は喘息がひどく、
“母親の私が喘息にかからせてしまった”と思っていました。
子どもが転んでも、“私が注意不足で転ばせてしまった”と思ったり。
全て自分のせいにしていました。
病院で柵のついたベットで子どもと添い寝している時も、
子どもの酸素が足りているか常に気が抜けず、
夜中も眠れませんでした」と当時のことを語ります。
精神的・体力的にも限界が近づいてきた頃、
相談したのは実のお母様でした。
「母に“誰かに頼りなさい”と言われました。
でも、その頃、誰かに子どもを託すのは子どもを裏切ることで、
子どものことは夫婦二人で何とかするものだと思っていました。
だけど、調べてみると、病院で付き添いをする人は“付き添い員さん”といって、
れっきとした職業があったんです。
思い切って子どもの付き添いをお願いして、
仕事が終わってドキドキしながら病院へ行くと、
子どもが機嫌よくおもちゃで遊んでくれたりしていて心底ホッとしました」。
“頼れる人がこんなに身近にいたんだ!”と目が開かれる思いだったそうです。
その後、年齢が上がるにつれて喘息発作も徐々に落ち着き、
お子さんも健康を取り戻していきました。
1人目のお子さんの入院をきっかけに知り合ったシッターさんたちには、
退院した後も保育園のお迎えや家事をお願いするように。
子どもの入院が長期化すると、
病院への付き添いで仕事を続けられなくなったり、
兄弟がいる家庭では兄弟児の世話をどうするのかという問題も出てきたりします。
ただでさえ、母親には子育ての責任がのしかかりがち。
ケアの必要な子どもがいれば、
さらにそのプレッシャーは大きくなります。
責任感が強い吉田さんが、
周りに助けを求められるようになるまでは、
かなりの葛藤があったのではと想像します。
「その時、母親はオンリーワンではなく、
ナンバーワンでいればいいんだと思ったんです」と語ります。
確かに、お母さんはたった一人しかいないけれど、
全部一人で抱え込むことはないのかも。
子どもにとって、お母さんは一番の存在。
いつも側にいてくれて、元気でいるだけで、子どもは幸せなのだと思います。
次回は、吉田さんが“人に頼ってよかった”と思った出来事、
「受援力」の大切さを広めるきっかけにもなった東日本大震災の被災地支援
について伺いたいと思います。
撮影/吉川玲子