本屋は、棚を耕すことが仕事。「スロウな本屋」小倉みゆきさん vol2

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岡山県で「スロウな本屋」を営む小倉みゆきさんにお話を伺っています。

「この辺りかなあ〜」。
お店を探しながら住宅街を進み、
一軒の古い家の門から中を覗くと、
手入れが行き届いた小さな庭から玄関まで、小道がつながっていました。
「戦前にたった家なんです」と小倉さんが教えてくれました。

岡山県の田舎町で生まれ育ったという小倉さん。
大学は大阪へ。専攻はスペイン語だったそう。
『周りに何にもないところで育ったので、テレビで海外の様子を見ては、外へ出たい
と憧れていたんでしょうね」

卒業後はなんとIT企業に就職。
「でも、本当に向いていなかったんです」と笑います。
2年間勤めたのちに、結婚をして上京。
「やりたいことをやってみようと、通訳の勉強を始めました。
その学校の先生に紹介されたのが、スペインの洋書の専門店だったんです」

 

これが、小倉さんの書店との繋がりの始まりだったというわけです。

「本屋のことを何も知らないので、雑誌の特集などを見て、東京の本屋巡りを始めました。
当時全盛期だった池袋の『リブロ』とか、「往来堂書店」とか。
そうしたら、あれ? 本屋って面白いかも?って思い始めて」

通訳の仕事は、9割が英語でスペイン語ではなかなか食べて行けない、
ということもわかってきました。
そこで、「書店の方がいいかな?」と思い始めたのだとか。

 

「ご主人のサラリーで、通訳は趣味的にやればいい、とは思わなかったんですか?」
と聞いてみました。
「そう思えなかったんですよね〜。
東京へ行って半年ぐらいは、私自身は何も収入がない状態だったんですが、
そうなると髪の毛も切りに行けなかったんです。
自分で稼いだのではないお金を使うのがイヤで(笑)。
私は私でちゃんと収入源が欲しいと思っていました」

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こうして、「クレヨンハウス」に就職することに。
「小さな会社なので、選書から販売、販促まで全てやらなくちゃいけない。
鍛えられましたね〜(笑)
私は女性向けの本売り場の担当だったので、選書のためにもうず〜っと本を読んでいました。
行き帰りの電車の中では必ず。読まなくちゃいけない本がたくさんありすぎて、
自分の好きな本を読む時間を確保するのに必死でしたね。
毎月、店で『クレヨンハウス通信』という小冊子を出していて、そこに書評を書いたり。
毎月4~5冊の本を読んで、それぞれ300字の決まった原稿を書かなくちゃいけないんです」

 

「クレヨンハウス」は、エッセイスト落合恵子さんが営む書店です。
書評は必ず落合さんご自身が目を通されチェックされたのだとか。

「言葉に対する繊細さを学びましたね。
一つ漢字を使うだけで、誰かを傷つけることもあるし……。
例えば「女流作家」。
「男流」とは言わないですよね? 無意識に使っている言葉に
差別的なニュアンスが含まれることもあると教えてもらいました」

 

 

ところが……。
この頃、結婚13年目にして離婚をすることに。
小倉さんは、一人で故郷の岡山に戻ることを決意しました。

「いろいろなゴタゴタがあって、疲れ切っていましたね。
もう何も考えられなくなっていました。
最後は自分で決めたからスッキリするかなと思っていたんですが、
実際は真逆。
なんだか、自分の中が空っぽになってしまって。
空気や水のように、当たり前にそこにいた人がいない……。
別れたことは良かった、と思っているのに、
空っぽで虚しい。
どうしたらいいのかわからなくて。
それで、一旦全てを断ち切って、岡山に戻ろう。
もう一度静かなところで考え直そうって思ったんです」

 

最初の1年間は実家に。
1年たった頃に「友達が、引っ越すからこの家空くよ」と教えてくれて
岡山市の外れの田んぼのど真ん中にポツンと立っていた古民家で暮らし始めました。

「岡山に戻って3~4カ月はぶらぶらしていたんです。
次に何をしようかな?と考えた時、浮かんできたのが『小さくてもいいか本屋がやりたい』
という思いでした。
でも、精神的にも参っていたし、自信もないし。
とりあえず、本の側にいたいと思って、たまたまスタッフを募集していた
大型書店で働くことにしたんです」

 

 

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語学書の担当を経て、2年目から児童書に。

「大型書店は物量が半端なく、お客様の要求も多種多様です。
書店での仕事を叩き直されましたね。
初めてレジに立った日、最初のお客様は小さな子どもでした。
次にやってきたのはおじいちゃんで『遺言書の書き方はどこ?』って。
ああ、生まれてから死ぬまでの全てがある本屋なんだなあって実感しましたね(笑)」

その中で厳しい上司に教えてもらったことがあったそうです。

 

「その人が『棚を耕せ』って教えてくれたんです。
本を並べることを書店では、『棚を作る』と言うんですが、
ただ並べるだけでなく、どう置くか、どの並びで置くか、
何を置いて、何を置かないか。
それをその上司は、『棚を耕せ』と言っていたのだと思うんですが……」

 

「どうやったら耕せるのですか?」と聞いてみました。

 

 

「触るってことですね。とにかく触る。触ると、何も変わっていないようで、
変わるんです。
お客様が別のところに本を戻していても、すぐ気づきます。
誰かが触った跡が逆に、『あ、この本みんな興味があるんだ』と気づくこともあるし。
その作業が、私には一番楽しかったですね」

 

 

なるほど……。
「棚を耕す」「とにかく触る」
このことは、本屋さん以外でも言えるのではなかろうかと思いました。
私なら、パソコンを触る。それは、自分が書いた文章を触る、と言うことです。
一旦書き終わったものも、一晩おいて朝見直すと、大抵書き直したくなります。
そうやって、手を加えて、だんだん思いの輪郭を掘り起こしていくのが
苦しいんだけれど楽しい……。

子育てをする人なら、子どもを触る。
手芸をする人なら、布を触る。
料理が好きな人なら、食材を触る。

「触る」ってなんて大きな力を秘めているのでしょう!

次回は、書店を経ていよいよ「スロウな本屋」を立ち上げるまでを伺います。

 

 

撮影/藤岡寿美

 

 

 

 

 


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