
昨日から、実家に戻ってきています。
コロナ前まで、年末と言えば海外で過ごしてきたけれど、
年老いた両親を手伝うために、
コロナが明けてからは、実家に戻るようになりました。
上の写真は吉祥寺から東京駅へ向かう中央線の車窓です。
出発ギリギリまでバタバタと仕事をこなし、
電車に飛び乗ると、くっきりとした青空が広がっていました。
いつもの暮らしを抜け出し実家へ。
この道中は、毎回胸がす〜す〜します。
東京の街を眺めていると、自分の日々を過ごしている時間そのものを
俯瞰して見ているような気分に。
ああ、私は1年間この街で何をしてきただろうか?
私って、大丈夫だろうか?
日々に没入している時には感じない、
何かがそこにある……。
ひとまわり大きな目で日常を見ることには、ちょっとした怖さがついてきます。

夫は年末年始も仕事なので、
まったくお正月は関係のないおかずを少し作りおいてきました。
ピーマンの肉詰めと、
鶏肉とさやいんげんをあげてから甘辛く煮たもの。
(冷蔵庫に入れた後に写真を撮ったので、あまりおいしそうじゃない……笑)
私が両親のために自宅を空けて実家へ帰ることを許してくれて
本当に感謝です。
昨日は母と一緒に買い物に行ったり、
掃除を手伝ったり。
母は、自分の体と相談し、
最小限のお節料理だけを作ることにしたのだとか。
「買えばいいじゃん」
と言うけれど、
「やっぱり自分で作った方がおいしいし、できることをできるうちにしておきたいから」
と母。
何度か書い忘れたものを私が買い足しに出かけ、
家とスーパーの間を行ったりきたりしました。

ひとりで、自分が大学卒業後、OL3年目まで暮らしていた街を歩き
空を見上げていると
ああ、あの時代は「何かが停滞している」と感じていたよなあと
思い出しました。
自分の好きなことを仕事にしたかったのに、
その方法がわからなくて、
親のいいなりに商社に入社して、
バブル最後の時代だったから、
ディスコに行ったりと、それなりには楽しかったけれど、
なんだか自分のエンジンを使い切っていない感じがして、
「何かが違う」とずっと感じていた気がします。
その後、東京に出てがむしゃらに仕事をした時代は苦しくて
もう一度あれをやれと言われると
いやいや……と言いたくはなるけれど、
やっぱり私は家を出てよかったのだろうなあと思います。
そうやって、東京で頑張ってきたからこそ、
今、実家で過ごすひとときに、安らぎを感じられて
両親と過ごす年末の日々が、宝物のように思えてくるのかもしれないなあ。
実家という場所は、
ここで過ごした娘時代がまだ残っていて、
自分が今いる地点までの足跡を、
もう一度確認したくなる場所なのかもしれません。

さあ、今日も母の手伝いを楽しみます。
みなさんは、どんな年の瀬をお過ごしでしょうか?
今日もいい1日を