「明日この世を去るとしても、 今日の花に水をあげなさい」の意味とは? がんサポートナース 沼澤幸子さん Vol.1

和歌山県の新宮は、私が今まで行った日本国中の取材現場の中で、もっとも遠い地です。
北海道や九州なら、飛行機に乗って1時間半か2時間で着きます。
新宮に行くとなると、6時の始発ののぞみに乗ったとしても、新宮駅に着くのは11時34分で、
6時間近くがかかります。

その新宮駅から車で30分ほど。紀宝町という小さな町に埼玉県から移住し、地域医療の中で心のケアを充足させようと奔走する方がいます。

どこかにひっそりと隠れている「私はここにいます。誰か見つけて!」
という思いを、誰かにお届けするお手伝いができれば……と始めたコンテンツ、
「私を見つけてプロジェクト」。

今回ご紹介するのが、看護師であり、地域おこし協力隊として紀宝町に移住された沼澤幸子さんです。
「がんサポートナース」としても活動していらっしゃいます。

私は、沼澤さんとfacebookで繋がっていたのですが、
2024年に「全く見知らぬ地に移住します」
と移住候補地を見に行く様子を拝見して、
「きっと私と同じか少し下の年齢の方だよなあ〜。すごい行動力だなあ」
と思いながら、ハラハラしながら見守っていたのでした。
今回、このプロジェクトにご応募いただき、
紀宝町まで出かけることになりました。

古い保育所を再利用して作られた「きほう健康ぷらざ」の中に沼澤さんの仕事場があります。
今回、いろいろなお話を伺った最後に、
その室内の本棚で、1冊の本を見つけました。

「明日この世を去るとしても、
今日の花に水をあげなさい」

そのタイトルに目が釘付けになりました。
順天堂大学で「がん哲学外来」を設立された樋野興夫医師のご著書です。

「もし明日世界が終わるとしても、私は今日もりんごの木を植えるでしょう」
というマルティン・ルターの言葉をもじって、
樋野先生が患者さんに贈っているのが、この

「明日この世を去るとしても、
今日の花に水をあげなさい」

という言葉なのだとか。

取材が終わった後、さっそくこの本を買って読んでみました。
そこにはこんなふうに書いてありました。

「りんごの木を植える。花に水をあげる。
そこには、『一人ひとりに与えられた義務を果たす』という意味もありますが、
もっと大事なメッセージが込められています。
なんだと思いますか?
自分以外のものに関心を持つこと。
ルターは「りんごの木」、私は「花」という単語にそれを託しています」

明日この世を去るという前の日に、
「自分以外のことに興味を持つ」なんて………。

なかなかできそうにないけれど、
でも、そこになんだか一筋の光を感じたのです。

朝ドラ「あんぱん」で、ひろしおじさんに言われて
崇ものぶも、何度もつぶやいた言葉は
「人は何のために生まれて、何をしながら生きるがか」でした。

この大切な問いの意味を
私は、今回の取材で沼澤さんに教えていただいた気がしています。

移住の経緯をご紹介する前に、
まずは、沼澤さんのこれまで歩いてきた道をじっくり伺ってみました。

そこを理解しないと、なぜ紀宝町に住むことになったのか、
そこがわからないと思うので。

20歳でナースになり、29歳のときに離婚。
シングルマザーとしてふたりの息子さんを育ててきたそうです。
「仕事が大好きでした」と沼澤さん。
子供が独立した頃、緩和ケア病棟のある病院へ移動。
ところが……。

49歳のときにバーンアウトして倒れてしまったそう。
「ある日突然、『あれ? 私仕事に行けないかも』という状態になったんです。
出産以外で、初めて仕事を休みました。
『何も理由がなかったら私はきっと休むことができない』
と思って、心療内科のクリニックに行きました。
そうしたら『寝ていないですね〜』と言われました。
当時は12時間勤務なんて当たり前。
薬で強制的に寝たら、数日で体は回復していました。
『よくそんな生活できるよね』と言われましたが、『これしかやってこなかったから』
と別の選択肢がわからなかったんです。
そうして、結局2か月間休みました。」

ゆっくり休んでみると、頭の中が整理され、いろんなことを考えるようになりました。

『医療職って、人を元気にして帰ってもらわなくちゃいけないのに、
自分たちがどんどん元気でなくなっていくなんて、どうしてだろう?』

そしてようやく「私は体も頭も心もクタクタだったんだ」ということに気づいたのだと言います。
そして、毎日のように真剣に「本当に私はこの仕事がしたいのか?」と問いかけるようになったそう。

看護師時代(ご本人提供)

体調が少し回復してきたら、自然に病院の外の世界のことが気になり始めました。
看護職ではない人たちの異業種交流会に出てみたら
「今まで生活保護を受けているような人から社長まで、
患者さんとして多くの人に関わって、いろいろな世界を知っていると思っていたけれど、
何もわかっていなかったのかもしれない、
世界のごく一面しか見ていなかったのかもしれない、
と思ったんです。
口では『患者さんに寄り添います』と言って頑張っていたつもりだけれど、
何かが違うと思いました」。

そして、大きな転機となったのが、
いろいろな地域でがん患者の当事者が中心になってつくっている
「がんカフェ」に行ったことでした。
がんの当事者や家族の方が集っていたそうです。

「自己紹介がてら、『私は今、がんの末期の方が自分らしく最期を過ごすという病棟にいるのですが、
頑張りすぎたのか疲れてしまって休んでいます』と話しました。
その上で、『みなさんが、一番つらかったのは、どんな時でしかた?』と聞いてみました。
すると、みなさん申し合わせたように『がんと診断された日のことが忘れられない』とおっしゃいました。
ひとりぐらい、治療がつらくて……という方がいらっしゃるかと思ったら、そうではなかった。
『まさか今日聞くとは思わなかった』
『最終結果を聞くだけに来たつもりだったのに、先生がいつの間にかがんだと言っていた』などなど。
そして、頭が真っ白になって、何を言われているかわからないのに、
その状態で『お大事にしてください』と言われて、帰るしかないのです。
私は、看護師としてずっと病院にいて、一番やりたかった
緩和ケア病棟で働きつづけようと思っていたのに、
患者さんが「一番つらかった」という告知の現場で
看護が行き届いていなかったことにショックを受けました」。

こうして、2017年に病院勤務を卒業。
その翌月から、NPO法人で、障害を持つ子供の訪問看護をしながら
医療のすき間を満たすがんサポートナース 沼澤幸子」として
ブログを立ち上げ、個別相談の窓口を開設しました。

ほぼ毎日ブログを書いていたら、
少しずつがん患者さんから相談の申し込みがくるようになったそうです。
そして、2019年10月に「一般社団法人がんサポートナース」を設立。

がんと診断された方や、家族のサポート、大切な方を亡くされた方へのグリーフケア、
そして医療職向けの院外メンターなどの仕事を行っています。

「がんは誰かから殴られてできるものではなく、自分の内側からできるものなので、
いつかは受容しなければ先に進むことができません。
そこを一緒に伴走したいと考えました」

私は、大腸ポリープの除去手術を受け、それが悪性だったら「がん」という時、
「おそらく良性でしょう」と言われていたのに、
怖くて怖くてたまりませんでした。

「もしがんだったら」という仮定は、その先にどうしても「死」をイメージしてしまいます。
そんな患者さんたちに、どう寄り添うのですか?と聞いてみました。

「まずは、告知の時のことから『いろいろ教えてもらっていいですか?』と聞きます。
『ひとりで告知を受けられたのですか?』とか『どういう内容だったか覚えていますか』とか。
『何も覚えていない』という人には
『意外とそういう人が多いのですよ』と伝えつつ
『ひとつ提案があるのですが、もう一度先生に話を聞くこともできますよ』とお話します。
あるいは『先生にお手紙を書きませんか』と提案します。
外来の順番が来る前に、受け付けの段階でお手紙を渡して、先生に読んでおいてもらうのもありです」

そして、こんな話をしてくれました。

「がんと言われてしまうと、365日がんになってしまうのです。
がんは体の中にできただけであって、あなたが名前を変えたわけではありません。
でも、目覚めて、眠るまでがん一色になってしまうのです」

なるほど……。

豊富な経験に裏打ちされた、確かな心のケアの技術を沼澤さんは持っていらっしゃいました。

さらに……。
患者さんだけではなく、ご自身と同じ立場の看護師へ向けての発信も始めました。

「私と同じように、看護の現場で疲れ果て、つぶれかけているような看護師さんたちが、
私のブログをフォローしてくれていたので、
『がんサポートナース』の講座を作って、一緒にやろうと呼びかけました。
病院の中では、何年たっても自分のやりたい看護ができなくて、
お給料が出てもストレス発散に使うだけで、誰も幸せにならない……。
それまで歯を食いしばって積み上げてきた知識やスキルを活かすことができる、
もう少し自分を大切にした働き方ができるかもしれない……。
それを見つける場を、知り合った医師などに協力してもらって作りました」。

こうして、2020年から、「がんサポートナース養成講座」を開講。
これまで、60名以上の人が受講され、卒業された方々は、
がん患者さんだけに限らず、地域の中でサードプレイスを開いたり、
個別相談を受けたり、起業した看護師もいらっしゃるそうです。

さらに、スタンドFMで、「音声配信で人生を豊かにするRADIO」の配信も始めました。

実は、このラジオ立ち上げが、
沼澤さんの人生を大きく変えることになります。

病院を出ると決めたとき、
「食べていけるだろうか?」と怖くなかったですか?
と聞いてみました。

「病院だとできないことがたくさんあるし、
中にいると一生懸命やってしまい、中途半端にはできないから、
自分をまた壊してしまう、と思いました。
自分を大事にしながら仕事をするには、全部自分で決められる環境でなければならない。
息子は育っているし、束縛されることはありません。
お金は後からついてくる、と思っていましたね」
と笑いながら話してくれました。

「とにかく動かないとダメだと思ったんです。
しかも、誰かが言っていたからとか、ではなく、
本当に会いたいから会いに行く、
みたいに、自分の心と体がつながってから動かなくてはダメ。
心の声に従って動いてみる!
そうすると、不思議といい方向へ導いてくれる出会いがあるんですよね」。

沼澤さんの魅力は、この「一途さ」なのかもしれないなあと思いました。
私たちは、「やりたいこと」「やった方がいいなと思うこと」があっても、
「それをやったら、自分の暮らしが不安定になる」
とか
「それをやったら、収入が下がる」
など、いろんなことを気にして
「そこ」へ行くことができません。

でも、沼澤さんは「こっちの方がきっといいな」と感じたら、
自分の心に従って、ひたすら一途に一歩一歩進んでいく……。

次回は、そんな一歩の先に広がった今の暮らしについて伺います。

 

沼澤さんの活動はこちら

ブログ 「医療のすき間を満たすがんサポートナース沼澤幸子」

一般社団法人がんサポートナース

スタンドFM「音声配信で人生を豊かにするRADIO」

 

撮影・伊東俊介

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