美しきワガママンたち

コアコア 久文麻未さん vol3 勉強嫌いだって勉強できる!

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ソーイングと手芸のユニット「Quoi? Quoi?」のデザイナー、久文麻未さんをご紹介しています。
vol2では、手を動かすことが大好きだった少女時代のお話を伺いました。

高校生になると、こっそりディスコに通うための服づくりを始めたそうです。
「テクノブームだったので、モノトーンのピチピチのワンピースとか
タイトスカートを作って新宿に遊びに行きました。
ディスコには、文化服装学院おしゃれな生徒さんとか、
近田春夫さんみたいなミュージシャンとか、素敵な人がいっぱいいらして、
その人たちの服を見るのが楽しくて楽しくて」と久文さん。

そして卒業間近になっても、「勉強が嫌いだったから大学に行くつもりなんて
さらさらなかった」と笑います。
その代わり
「私にできることってなんだろう?」と考え始めました。
そして出した答えが「洋服かもしれない……」ってこと。

こうして桑沢デザイン研究所に入学。
「でもね、全然勉強しなかったんです。
学校が渋谷と原宿の間だったので、すぐ遊びに行っちゃって!」

2年で卒業後、「もう少し勉強したい」と文化服装学院に。
「縫い方とか、パターンとかを習うんですけど、
ここでも全く勉強しなかった(笑)
ただ、学校に行ってアルバイトに行って、友達と洋服の話をするのが楽しかったなあ。
あの時代、目で勉強していたのだと思います。
アルバイトも、自分の身になる場所、洋服屋さんや靴屋さんを選んでいました」

卒業後は、当時大人気を誇っていた「Do family」にデザイナーとして入社。

「大好きなブランドだったから嬉しかったですね〜。
洋服も社販で買えますし。
でもね、学校で勉強していなかったから、入社したとき私、何にもできなかったんです。
縫うことも、パターン引くことも。
とてもラッキーなことに、社長は入ったばかりの私になんでもやらせてくれました。
でも、デザインをした服はファーストパターンを自分で引いて、
自分で縫わなくちゃいけないんです。
それができない……。
わからないまま適当にパターンを引いていたら、先輩に『もうやらなくていい』と言われ
それからは、デザインだけを担当していました。
ただし、縫うのだけは自分でやらなくちゃいけない……。
いちいち縫製指導の先輩に聞きに行っていたら、あまりに回数が多いので、
ステンカラーコートやジーパンやスカートや、いろんな洋服を渡されて
『これ、全部解いていいから、自分で考えて』と言われました。
それがすごく良かったんです。
解いて、作り方を見て、それで覚えたの。面白かったですね〜」

実は、よくよく聞いて見ると、当時「Do family」のデザイナーは久文さんを含め3人。
私も、大好きでよく着たあの服は、
もしかしたら、久文さんのデザインだったのかもしれない……。
それにしても、入社したての女の子にデザインを全て任せるなんて、
すごいことです。
パターンも引けず、縫うこともできなかった久文さんの
溢れ出るような才能を見抜く人がいたのですね。

 

「デザイン画をまずは描くんですけど、下手でねえ。
学生時代はパステルなどで描いていたんですが、
当時は鉛筆で描いて、そのうちささっと簡単に書けるから筆ペンで描いてました(笑)」

 

それにしても、デザインのアイデアは一体どこから湧いて来るのでしょう?

「多分、どこかで目が見ているんだと思うんです。
洋服だけじゃなくて、どこかで見て『わあ、かわいい!』と思った色や形やバランスが
体のどこかに蓄積されている……のかな?」

 

こうして絵型が出来上がったら、生地を選びます。
生地屋さんが持って着てくれたスワッチから選んだり、
時には「こういう生地で作りたいから」と探してもらったり。

「編み込みのセーターとか、刺繍なんかもやらせてもらって、本当に楽しかったな〜。
だんだん会社に慣れてきて、縫うこともだんだん好きになってきたら、
朝起きた瞬間に、『今日は作ろっかな〜?』とワクワクするんです。
会社には職業用ミシンがあって、使い放題だったから、
昼休みに自分の好きなものも作っていましたね。
パジャマとか、カーテン縫ったりとか(笑)」

 

 

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こうして6年働いたのちに29歳で結婚。
出産を機に仕事を辞めました。

あんなに好きな仕事だったのに、辞めるのは辛くなかったですか?と聞いてみました。

「いえいえ、私ね子育てしてみたかったんです。
それに、名誉欲とか全然ないんです。
だって好きなことをしてるから、それだけで十分。
それは今も変わりません。
私は仕事がデザイナーなだけで、豆腐屋でも靴屋でもなんでも構わないんです」

 

ところが……。
出産し、子育てが始まった頃から、久文さんの辛い時代が始まりました。
この続きは次回に。

 

撮影/清水美由紀

 

 

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