久しぶりに、新しい指輪を買いました。
10年近く毎日右手薬指につけていたTASAKIのdanger。そして夏の一時期だけ登板していたMIKIMOTOのオリーブリング。「この二つで一生過ごせる」と思っていたのに、なんだかどちらもしっくりこなくなっていたんです。
食虫植物を模してデザインされたdangerは、向かい合う6粒のパールにゴールドの棘が生えています。「舐められたくない」「侮られたくない」とじりじりと苛立っていたアラサー時代の自分を象徴するような存在でした。
一方オリーブリングは、パールとペリドットがオリーブの枝のように立体的に配置された繊細で軽やかなデザイン。手元が爽やかになるので、苦手な夏につけているとなんだか慰められるような……。
そんなに気に入っていた二つなのに、最近は手元を見てもなんだかモヤモヤ。「飽きた」ではなく「違う」という心の声を、だんだん無視できなくなってきたのです。

いちど似合わないと自覚したジュエリーと付き合い続けるというのは、サイズの合わない靴を履き続けるのと同じくらい、自分に対して気まずいものである。――『閨と厨』(寿木けい/CCCメディアハウス)より
文筆家の寿木けいさん。東京の出版社で編集者として働いた後、いくつかの転職を経て家族で山梨県へ移住。古民家を改装した自宅兼宿のオーナーとしてゲストを迎えつつ、お子さん二人と暮らしながら執筆活動をされています。
寿木さんが28歳から39歳まで惚れぬいていたという、出張先のロンドンで見つけたダイヤモンドの指輪。十七世紀につくられたビンテージもので、なかなか無いデザインはどこに行っても注目の的になっていたといいます。そんな“一生モノ”リングに別れを告げるきっかけになったのは、ある朝急におそってきた「違和感」だったとか。
指輪そのものが嫌いになったわけじゃない、好みが変わったかと言われればそれも違う。でもどうしても、「違う」という感覚が拭えない。
寿木さんが40歳の誕生日を前に新しい指輪に出会った場所は、銀座のデパート。偶然にも、私が新しい指輪を見つけたのも、39歳、そして銀座のデパートでした。

小さなダイヤの動きは、つけている本人にしか分からないほどささやか。耳を近づけると、しゃらんと音がします。
寿木さんは、正方形の一粒ダイヤ。私は、5粒の小さなダイヤが揺れ動くデザイン。
私の場合、その日つけていたオリーブリングがいつの間にか壊れてしまっていたというのが最後に背中を押しました。私のおおざっぱな性格に対して作りが繊細すぎて、パーツが外れやすいのが小さなストレスだったんです。前月に重い腰を上げて修理したところだったのに、今度は一度に2つもパーツが外れてしまって、「これは新しいものを探せってことか」と逆にさっぱりしました。
そして飛び込んだデパートで、ぱっと見つけてすぐに購入。初めて入ったブランドで、その名前も商品もまったく知らなかったのですが、一目見てピンときたので即決。店員さんが驚いて「何かの記念ですか?」と。
丁寧に包装してくれようとするのを、「自分用ですし、すぐにつけたいので」と押しとどめ、空のボックスはバッグに放り込んで、新しい相棒を右手につけてデパートを出ました。
金とダイヤモンド。鎖が繋がったようなデザインで、金の楕円の中で小さなダイヤモンドがゆらゆらと動きます。規則正しさと柔軟さが共存するデザインが、40代という新しい季節を迎える自分にしっくり。きっちりしたフォルムなので、何かにひっかけたりぶつけたりするのを怖がりすぎなくてよさそうなのも安心。
見られることなど意識していない、自分のものとして見についた所作。鷹揚さと気高さ。アクセサリーやジュエリーはひとに寄り添って、一部となり、その存在を際立たせる。――「閨と厨」より
dangerもオリーブリングも、また気持ちにしっくりくる時期がくるかもしれないし、こないかもしれない。しばらくは、私のささやかなジュエリーボックスでお休みしておいてもらいます。
指輪は、仕事をしていても本を読んでいても、一番に目に入るジュエリーです。やっとしっくり落ち着いた視界になって、なんだかほっとしました。この新しい指輪と共に、新しい季節を迎える準備をしたいと思います。

装丁も美しい、寿木さんのエッセイたち。次は言葉をテーマにした本を準備中とのこと、待つ楽しみをありがとうございます。