【わたしのサードプレイスの見つけ方】〜反省じゃなくて、ふりかえり〜木山理絵

この連載「わたしのサードプレイスの見つけ方」は、今いる場所ではない、もうひとつの場所=サードプレイスを見つけて、扉の開け方を紐解くお話です。

今いる場所に大きな不満はないけれど息苦しさを感じている人や、ひとりでがんばりすぎて苦しくなっている人にとって、自分の居場所を見つけるヒントになりますように。

2026年も、もう3分の2が終わったんですよね。
こうして改めて言葉にすると、びっくりしちゃいます。

え、もう8月末?ついこの前、桜が咲いていた気がするのに。

新年度が始まって、ゴールデンウィークがあって、気づいたら梅雨。
そしてあっという間に夏も終わろうとしている…


毎日バタバタ忙しくしていたはずなのに、ふと立ち止まると
わたし何してたんだろう、何もできてない
って思ってしまうことありませんか?


やることはたくさんあった。
毎日それなりに必死だった。
でも、手応えみたいなものがない。


できなかったこと、失敗したこと。
マイナスばかりが目について、気づけば心の中で自分反省会が始まる…


「あっという間に半年終わっちゃった」
「このまま1年あっという間に終わりそう」
「なんで私はいつもこうなんだろう」


そんなふうに、自分を責める気持ちがむくむく出てくることあるなぁと思うんです。


自分反省会が止まらない



優等生気質の私。
無意識にしょっちゅう自分へのダメ出しをしてしまいます。


ちょっとでも何かうまくいかないことがあると

「どうしてできなかったの?」
「前にも同じようなミスしたよね」
「もっと早く準備すればよかったんじゃない?」

と、検閲官みたいな自分が重箱のすみを突くようなダメ出しを始めて凹む…


もちろん、自分を省みること自体がよくないと言っているわけじゃないです。


ただ、忙しくて疲れている時や、ちょっと自信をなくしている時にやってしまう“自分反省会”って、ともすると「私はだめだ」とさらに自分を追い詰める時間になってしまいやすいんですよね。


そうなると、やるべきこともなかなか思うように進みません。


だから私は、そんな時こそ反省ではなく「ふりかえり」をしたいなと思うんです。

 

ふりかえるのは、「事実」と「感情」


じゃあ、何をふりかえるのか。
ふりかえる時に大事なのは大きく2つあると思っています。


ひとつは「事実」。


例えば、この半年に何があったのか。
誰に会って、どこに行って、どんなことが起きたのか。
自分はどんな選択をしてきたのか。


まずは事実を淡々と書き出していきます。
私は1ヶ月ごとに3つ程度、特に印象に残っている出来事や、心が動いたなと思う瞬間を中心に書きました。


「全然思いだせない…」という方もご安心を。
スマホの写真や手帳、日記など、思い出すヒントになるものを用意すると、意外とサクサク書けます。


もう1つは「感情」です。


書き出した事実や出来事、心が動いた瞬間に、自分がどう感じていたのか。
事実にひもづく「感情」や「気持ち」を改めて思い出してみると、その出来事が自分にとってどういう意味を持っていたのかが見えてくるんですよね。


そしてこの時に、すごく大切な考え方があります。
それは「感情に良い、悪いはない」ということです。


感情は、自分の心の反応。
だからどんな感情も自分を知るための大切なヒントになります。


例えば、怒りや悲しみ、不安などネガティブな感情を感じた時。
周りに気をつかって無理に明るく振る舞ったり、本当は辛いのに平気な顔をしてしまうことはありませんか?


「こんなことで落ち込んじゃだめ。」
「感情的になってはいけない。」
「もっと前向きでいなきゃ」って。


湧き上がる感情は自然なもの。本当は、そうやって切り捨てなくていいはずです。
「私はそう感じたんだな」
とそのまま受け止めることが、ふりかえりのはじまりなんじゃないかって思います。


もし、「感情に良い、悪いはない」ということが何となくしっくりこないなという方には、ディズニー映画『インサイド・ヘッド』がおすすめです。

 

『インサイド・ヘッド』は、11歳の女の子ライリーの頭の中にある「ヨロコビ」「カナシミ」「イカリ」「ムカムカ」「ビビリ」の5つの感情たちの冒険を描いた物語です。

 

ヨロコビだけが大切な感情ではなく、カナシミもイカリも、ムカムカする自分やビビリな自分にもちゃんと意味がある。どんな感情も大切だということをやさしく教えてもらえます。

2026年前半のふりかえりで、私が書き出した事実を例にあげてみます。

1月
春から小学校入学を控えた末っ子の入学説明会に参加。学童保育の申し込みをすっかり忘れていたことに気がついて冷や汗
・学童に電話。忘れたことを正直に話して相談。ダメもとで申込書を書いて提出。

学童保育とは、仕事や色々な事情で昼間に保護者が家にいない小学生を、放課後や長期休みに預かってくれる施設です。

ふりかえって書き出した感情は

・やばい…12月締め切りだったの見てたはずのにすっかり忘れてた…も〜私ってほんとバカ。なんでこんな大事なこと忘れるの…信じられん。
・もし学童に入れなかったら、4月からの仕事をどうしよう。
・忘れたのは自己責任。今からだと学童の先生たちに迷惑がかかるかも。
・大切なことを忘れるなんてダメな母親だって思われないかな。恥ずかしいな…
・やってみないとわからない。いちかばちか相談してみるか。
・今からでもできることは何?

まずは、自分への失望、自己否定、そして不安な気持ちや焦りも溢れ出てきたことを思い出しました。
こういう時、自分反省会モードに入ると、ほんとうにネガティブ一直線。自分責めの言葉は、放っておくとどんどん増殖して頭がいっぱいになってしまいます。

だから、家に帰ってノートを広げました。
事実と感情を分けて書いたことで
「やっちゃった」「大変だ」「私のバカ」と脳内がパニックで自分責めをしている状態が見える化。

「自分を責めても現実は変わらない」「今、自分ができることは何だろう」と考える余裕が出てきました。

意を決して、学童保育の先生に電話。
遅れてしまったことを謝って、どうしたらいいか相談。
ダメもとで申込書を書いて提出しました。

その結果、1ヶ月後に幸運にも滑り込みで4月1日から学童に入れると連絡をいただきました!(よかった涙)

あの時もし、「わぁ、大変だ!」「何でそんな大事なこと忘れたの?」とネガティブ感情に飲み込まれ、自分責めだけで終わっていたら、きっと何も変わらなかったでしょう。娘も学童保育には入れなかったし、ただただ落ち込んで、不安だけが大きくなっていたかもしれません。

ノートに書くことで、ちょっと冷静になれて、次にどうしたらいいか考える余裕が生まれ、必要な行動に集中することができたんです。

もちろん、大切なことは忘れないにこしたことはない。でも、ふりかえってみると全然見え方が変わります。

私は、失敗しなかった人ではないけれど、失敗のあとにできることを考えて動けた人だったんだなって。それだって、ちゃんと“できた”ことなんですよね。

もう1つ、この半年をふりかえって思い出したのが、2月の”父の3回忌で長崎に帰省した”という事実です。

その時の感情をふりかえると、父との別れから「あっという間に2年か…」と実感し、改めて「もう会えないんだな」という寂しさを感じました。

こういう気持ちって、忙しい毎日の中にいると、なかなかちゃんと感じる時間が持てません。「いつまでも寂しがっていても仕方がないでしょ」ってつい蓋をしがち。

一緒に帰省する子どもたちのあれこれを調整、荷物やお土産を準備して、飛行機で移動して。やるべきことをその場その場でこなして、終わってしまう。

改めて立ち止まり「ふりかえり」という時間を作って思い出してみると、いろんな感情がちゃんとそこにあったなと気づきました。

2月
・父の3回忌の法要。次男と末っ子と3人で帰省した。
・お墓参りした。母がお墓掃除を子どもたちに教えてくれた。すごく寒くて、お墓の湯呑みの水が凍っていた。

感情
・母や叔母たちがとても喜んでくれてうれしかった。
・お墓参りができてほっとした。
・お父さんはもういない。寂しい、悲しい、また会いたい。
・寒い日も暑い日も、お墓掃除とお墓参りを一人で続けているお母さんはすごい。ありがとう。
・忙しい年度末に快く送り出してくれた夫と長男に感謝。

「3回忌の法要で帰省した」という事実だけじゃなくて、私はあの時間の中でちゃんと大切にしたいものを大切にできていたんだなと思えたんです。

もう会えない人を思うこと。今いてくれる人の存在をあらためて感じること。

そういうことって何かにつながることではないし、誰かに評価されるものでもない。でも、自分の人生にとってはとても大切なことだったりするんですよね。

ふりかえりって、一見なんでもないような日々の出来事の中から
「ああ、私にとってこれは大事なことだったんだ」
と自分のまんなかを見つけなおす作業でもあるのかもしれません。

ふりかえりをすると「何もできていない」と思っていた日々の景色が、少しずつ変わって見えてきます。


・ちゃんと毎日朝早く起きて長男を朝練に送り出し、家族の一日を回した。
・次男と末っ子のW入学でバタバタする中でも、自分の仕事に集中できた。
・会いたい人に会えた。
・ずっと読みたかった本が読めた。見たかった映画が観れた。
・結果にはつながっていないけど、未来の自分のために動けた。


それって全部、”できたこと”なんですよね。


私たちはつい、目に見える成果だけを“できた”にしがちです。


でも、本当はそうじゃない。


毎日の中で選んできたこと。踏ん張ってきたこと。
揺れながらも手放さなかったこと。
そこにもちゃんと“できた”がある。


ふりかえりをする前は「何もできていない」と思っていたのに、終わる頃には「私なりにやってきた」に変わるから不思議です。


自分で自分にがんばったねって言える。
自分の人生、悪くないじゃんって思える瞬間がある。

そうやって自分で自分の日々を認められたら、自然と次に向かう力がわいてくる。
それが、ふりかえりの力なんじゃないかなと思っています。


暑い暑い夏、家で過ごすひととき、帰省中の移動時間、旅先で
少しだけ立ち止まって、ノートを広げ、ふりかえる時間をつくってみませんか?


2026年後半も、自分の日々を小さく認めながら、軽やかに歩いて行けますように。

まとめ
・「何もできていない」と感じる日々の中にも、ちゃんと“できたこと”はある。
・自分反省会よりも、事実と感情を分けて改めてながめてみる“ふりかえり”が、自分を前に進めてくれる。
・ふりかえると、「自分にとって本当に大切にしたいもの」が見えてくる。

 

木山 理絵

木山 理絵 / Rie Kiyama

1979年生まれ、長崎県出身。大学院修了後、公立小学校教員の道へ。4年勤務した後いったん退職。2008年、夫とふたりでバックパックを背負って世界一周旅行に出発。1年2ヶ月で37カ国を旅する。 帰国後復職。働く母として30代を駆け抜け、第3子育休中に40歳を迎えた。自分の本当に望む生き方・暮らし・働き方に向き合ったことで再び退職。カウンセラーを経てライフコーチとして独立し、40代からの人生の歩き方を応援・伴走している。

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