美しきワガママンたち

色彩プロデューサー 稲田恵子さん No2

「あのそうさん、かわいいね」
「ね〜」
そんなお孫さんとの会話から
「ね〜」という言葉が
気持ちの確認の意味を持つ、
と改めて知ったと語った稲田さん。

今でこそ、色彩プロデユーサーとして
活躍されていますが、
実は、40歳まで専業主婦で、
色彩にもアートにも全く興味がなく、
むしろ子供達のスポーツ観戦に
夢中になっていた、
と聞いて驚きました。

 

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3人の息子さんを育て
やっと手が離れかけた41歳の頃離婚。
「今まで自分の中に『働く』という
目次がなかったんです。
パートでちょっと働いてみて、
『えっ、これだけ働いて、
2万円にしかならないの?』
と愕然としたりね。(笑)
それほど世間知らずの自分が、
何ができるかも、
何がしたいかもわからなかったんです」。

「それより少し前、38歳頃に
妙な危機感を持ったのを覚えています。
私は短期大学卒業後、せめて子供の服ぐらいは
自分で作りたいと思って、
服飾専門学校に行き、
その後すぐに結婚したので、
働いたことがありませんでした。
当時はみんなそんなもの、
と思っていましたね。
でも、
子育てと家事だけをしてきたけれど、
私は、社会人として
いったいどれくらいのことができるんだろう?
私は○○ちゃんのお母さんだけで生涯を終えるんだろうか?と
胸のどこかで考えていたようにも思います。
自己肯定ができない自分がいた……。

夫の収入で優雅に暮らそうと思えば
暮らせるし、
これでいいんだと思う日もあれば、
何かできることがあるかも、と思う日も。
40歳を目前に揺れていましたね」。

ああ、私もそういえば40歳になる頃
ずいぶんオタオタしたなあと思い出しました。
20代〜30代は、無我夢中に走り続ける時期。
そして、ふと足を止め、
今まで走ってきた道を振り返るのが
40歳という年齢だったような気がします。
それは、専業主婦であろうが、働いていようが
同じなのだなあと思いました。

40歳になった稲田さんは、
たまたま友人が医療事務で働くために
資格試験を受けると聞き、
一緒に勉強を始めました。
半年間、息子さんが学校から帰ってくるまでの
時間に勉強したそうです。
そして、見事合格!

「でも、よくよく考えてみたら、
私は医療事務を
本気でやりたいわけでもなんでもなかった。
ただ、やる気になれば、私にもできるんだ、
という自信が、その後の自分を左右したのは
間違いないですね」と稲田さん。

何かを学んでみようか……。
そんな気持ちになったときに、
見つけたのが
カラーアドバイザー養成講座です。

「たまたま、金曜日の夜が外出しやすくて、
日にちがぴったりだっただけ。
はじまりは、いつもいい加減なの(笑)。
でも、グラフィックデザイナーの先生の授業は
面白かったですね。
いちばん最初にやったのは、
『自分の肌の色を作りましょう』という授業。
その次は、紅葉の色を作りましょう……
といった具合。
ひとつの色には、
いろいろな色が含まれている……
ということを知りました」。

そして、講座が終わってから
超真面目な人と、
超自由奔放な稲田さんのふたりに、
先生が、「もう1年間うちで勉強しないか?」
と事務所に呼んでくれたそう。
そこで、稲田さんは
「色彩心理学」というジャンルが
あることを知ります。

「色によって、
人の気持ちを変えることができる。
そのことに、とっても興味を持ったんです」
と稲田さん。
大阪でアメリカ在住の色彩心理学者のキャリアセミナーを経て、
42歳で広島修道大学文学部で
知覚心理学の中でも、
ゲシュタルト心理学を学びます。

「社会人枠で入学したのは、
私と中国人の留学生の2人だけでした。
現役の大学生って、
教室では後ろの方に座るでしょう?
私と彼女は、必ず前から2列目。
隣の席の彼女の勉学熱を感じつつ、
私は、「色は生き物で、取り扱いを間違えてはいけない」と
初めてちゃんと勉強したんです。

本を読んだり、映画を見たり、
何かの講座に出かけたり。
いくつかあるインプットの機会の中で、
自分の心の中のピースと
カチッと何かがはまる瞬間があります。
それは、きっと魂が求めていたモノやコト
が、外からの刺激で目覚めたとき。
人には、ほんのときたまですが、
そんな幸せな瞬間がある……。
稲田さんにとって、
それが、色彩心理学との出会いだったよう。

そして、ここからが、
稲田さんがすごいところ。
自分が興味を持ったことを
学ぶのは楽しいものです。
でも、それを「仕事」にしようとすると
大層難しい……。
大抵の人は「勉強は勉強」「仕事は仕事」
と分けて考えるのではないでしょうか?

でも、稲田さんは「学んだ」ことを、
なんとか、誰かの役に立てたい、
仕事にしたい、と考えました。

次回は、稲田さんが学んだことを
どうやって「仕事」にしていったのか、
その猪突猛進の
「わがまま」っぷりについて伺います。

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