美しきワガママンたち

考えるより先に動き出す。動けば必ず風が起こる。西村美津子さん vol.3

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50歳をすぎて家族を解散! 3人の子供を残して独立し、
京都の町屋で暮らし始めた西村美津子さんにお話を伺っています。

Vol2では、子育て全力投球時代から、くるりと方向を変え
管理栄養士の資格を持ち、深夜まで働くようになった、激動の日々をご紹介しました。

 

管理栄養士の資格取得後、特別養護老人ホームで働き始めた西村さん。

「病院では医師の指示のもとで動くんですが、特別養護老人ホームでは、
医師は1週間に一度しかこないので、介護職員と看護職員さんと栄養士とで、
その人の日々食べている様子を見て、
この人この頃あまり食べられていないねとか、
この人は、野菜をこのぐらいの形に切ってなど、
一人一人の食事に深く関わっていきます。
100人ぐらいいらっしゃったので、すごく大変でしたね。

ある時、100歳のおじいちゃんが、何も食べられなくなって、
自宅で寝ていた状態から救出されてきたんです。
その人があんパンが食べたいっていうんですよ。
それで、あんパンを出したら、それは喜んで食べてくださって。
するとご飯も食べられるようになりました。
やっぱり食べられる人は長生きです。
とてもやりがいがありましたね」。

たくさんのおじいちゃん、おばあちゃんの中で、
生き生きと働いていた西村さんの姿が目に浮かぶようです。

ところが……。
「施設が増床したり、新しい食事形態を考えないといけなくなったりと、
どんどん忙しさが増していきました。
一緒に働いている人も、すごく頼りにしてくれるのはいいんですが、
何時でも私のところに電話がかかってきて、
朝早く対応したり、夜遅くまで残ったり。
全てを抱えている状態になっていました。
あれ?このままで私大丈夫かな?と思うようになって……
30代を走り抜けてきて、ふと立ち止まったんです」

 

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さらに、ちょうどこの頃離婚。
子供3人を、一人で養うことになりました。

不安はなかったですか?
と聞いてみると、

「なかったです」ときっぱり!

常にポジティブに考えられるということ?
とさらに聞いてみました。

 

「う〜ん。ポジティブというか、考えずに行動が先なんです。
考えないから、後で『ああしておけばよかった〜』っていうことも多いですけれど(笑)」。

違和感を感じらたら、すぐに次の道を探し出すのが西村さんのすごいところ。
西村さんが、動くと必ずいい風が吹きます。
いい人、いい仕事、いい縁との出会いが自然にやってくる……。
「動かないと、風は起こらない」。
お話を聞きながら、幾度もそう思わされました。

 

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この時も、すぐに準備を始めた西村さん。

「2008年からメタボ検診が始まって、
悪くなる前に生活習慣病を予防しましょう、という動きが出てきました。
そのための面談を保健師と管理栄養士でしましょうということになって、
その研修会に参加して、認定資格を取りました。
今度は、産業保健の方へフィールドを変えようかなと思って」

 

こうして特定保健指導として働き始めました。
契約している企業で、保険指導の日程が決まったら、全国どこへでも出かけていきます。
つまり、出張だらけの日々が始まったということ。

「楽しかったですよ〜。
対象者が、お年寄りからバリバリ働いている同年代のお父さんになったので、
いろんな話をして……」

ここでもきっとまた、お父さんたちと、
仕事からはみ出した話なんかで盛り上がったんだろうなあ〜と
西村さんがガハハと笑う姿が見えてくるよう。

どんな仕事でも、どんな場所でも
必ず「楽しかったですよ〜!」というのが西村さんの感想でした。
それは、きっと西村さんが、「良いこと探しの目」を持っていらっしゃったからだろうなあ
と思うのです。
仕事を変えると「あ〜あ、前の方がよかったなあ〜」とか、
「こんなシステムやってたらダメじゃん!」など、
あれこれ不満が出てくるもの。
でも、新しいフィールドで、
必ず「いいもの」を拾い上げて、自分で自分をハッピーにする。
どうやら西村さんは、「現状ハッピースイッチ」が持っているようです。

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そんな時に、あの東日本大震災が起こりました。
西村さんは、すぐに1週間のボランティア休暇をとって気仙沼へ。
避難所でどんな食料が配られ、どういう人が困っているのか、
炊き出しはどんな状況なのか、
管理栄養士の立場でレポートをしたのだと言います。
歯科医師と看護師と栄養士でチームを組み、車で避難所を回って
高齢者が多いところ、乳幼児が多いところなど、
それぞれに見合った支援物資が分配できるよう力を尽くしたそう。

そんな経験を経て、
またその頃勤めていた企業が保健指導事業から撤退し、
相談員から営業に移動したことで、「もう一度栄養士がやりたい」と思うように。

なんと、次を決めずにさっさと退職してしまったというから驚きです。
「そうしたら、特別養護老人ホームの時に一緒だった看護師さんが、
病院に転職されていて、
『いま、栄養士を探しているからこない?』と電話をくれて。
じゃあ、行こうかなと」

以前の職場での縁が、次の職場を作ってくれる……。
それもきっと西村さんの働き方を見ていてくれた人がいるから。
それにしても、やはり「資格」というのは
再就職には大きな力となるのだなあと思いました。

「本当にその点は、感謝していますね。
特に、高校卒業後の進路を決める時に、
何も考えていなかった私に、
栄養士の資格が取れる学校への進学を進めてくれた母には
感謝しています。
管理栄養士の仕事で3人の子供を育ててくれたのですから!
仕事を辞める度に、子供の進学でまとまったお金が必要になって、
退職金は全てそれで亡くなりました(笑)」

そんな仕事の合間に見つけたのが、
あのvol1でご紹介したジャズ喫茶巡りだったというわけです。

 

次はいよいよ西村さんの京都暮らしについて伺います。

 

撮影/近藤沙菜

 

 

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