お母さんが働くって、どういうこと? 谷匡子さん vol4
「atelier doux.ce」を主催するフラワースタイリストの谷匡子さん。
谷さんは、長男(26歳)、長女(23歳)、次男(17歳)、三男(12歳)の4人のお母さんでもあります。
今回はお子さん達とのエピソードについて伺いました。
7年前に谷さんに取材させていただいたことがあります。
谷さんの起床時間は4時。
まだ日が昇らないうちに起き、
仕事の連絡、掃除や朝食作りとフル回転です。
そんな多忙な中でも、
当時親元を離れて寮生活を送るご長男に手紙を書いている姿が印象的でした。
あの時は、毎日厳しい野球の練習に励むご長男を励ますためにお手紙を書いていらっしゃったとか。
ご長男は今どうされているのでしょうか。
「ずっと野球をやってきた長男は社会人になりました。
学校の紹介で就職するという道もありましたが、
思い悩む長男の姿を見て、“気が進まないのに就職するのは相手に対して失礼だよ。
見聞を広げるために海外に行ってみたらどう”と背中を押しました。
それで吹っ切れたみたいです。
普通、親としては新卒で就職して欲しいと思うものかもしれませんが…」。
親としては新卒で就職してくれたら安心なはずなのに、
海外に行ってみたらとポンと背中を押すなんて!
“相手に対して失礼”という言葉にハッとしました。
確かに、よくよく考えてみると、気が進まないことは、結局うまくいかないもの。
親は子供のずっと先の人生も見据えて、どんと構えていればいい、
と教えていただいたような気がしました。
「自分は何の取り柄もないと長男は言いますが、
私は、人との調和ができるのが長所だと思っています。
どんな仕事をするにも、10年間くらいは修行だと思いなさい」
と励ましているそうです。
そんなご長男は、今、芸能マネージャーとして修行中だとか。
今でも、谷さんは寮生活を送る次男に手紙を書くそう。
「寮生活を送る次男(17歳)は高校で野球漬けの毎日です。
次男はいつも喜びに満ち溢れながら野球をしていますが、
それでも時にはプレッシャーに押しつぶされそうになることもあります」。
そんな時は谷さんが手紙を書いて励まします。
次男に何か必要なものがあるかと聞くと
「お母さんの手紙」とだけ一言返してくるそう。
谷さんにお手紙を書いてくれることもあるとか。
それにしても、イマドキの高校生がお母さんのお手紙を欲しい、というのも驚きです。
次男のお手紙をそっと私に見せてくれました。
そこには谷さんへの感謝の言葉がありました。
人は自分に本気でエールを送ってくれているかどうかは分かるものです。
谷さんの手紙には、そんな「本気」が満ち溢れていたに違いありません。「
高校生だから」「今時の子にはわからない」と諦める前に、本気で子供と向き合う。
私もそんな関係を子供と築きたいと思いました。
長女は、数十年間続けてきたバレエを一旦リセットするために、
自分でアルバイトをして費用を貯めて海外に留学。
帰国後、自分の夢を見つけて邁進する日々だそう。
谷さんが不在の時は、岩手県まで三男の面倒を見に行ったり、
東京でお花の仕事を手伝ったりと、何かと頼りになる存在のようです。
それにしても、お子さんたちはみんな野球にバレエにと、
自分のやりたいことを貫いています。
谷さんがサポート役に徹しているからかもしれません。
谷さんはお子さんたちに怒ったりすることはないのでしょうか。
「本当に怒るのは、
怪我をしかねないような危険なことをした時に限ります。
そんな時は泣きながら怒ります。
本気で怒ったら必ず相手に伝わると思います。
大切なのは自分の子供を信頼すること。
子供には“長所しかない”と思っているんです。
自分だって完璧じゃないのに、最初から完璧な子はいない。
もし、子供に対して“もっとここがこうなって欲しいな”と思うなら、
その子供が変化していくことが自分の課題なのかな、と思います。
子供に変化を求める時は、まず自分を整えてから、と普段から自分に言い聞かせています。
決してその子の問題ではなく、自分の課題。相手は自分の鏡なんです」。
もしかすると、親は無意識に子供より優っていると思っているから、
子供に余計な口出しをしてしまうのかも。
でも、それは傲慢な態度なのかもしれません。
子供に対してもっとこうなってほしい、ああなって欲しいと思う前に、
まずは自分を整える。
子供の欠点ばかり目につく時は、
実は自分が変わることから逃げているだけなのかもしれません。
“相手は自分の鏡”という谷さんの言葉は、
子育てだけではなく、仕事、人生の全てに通じる気がしました。
親は子供のことを思って干渉したり、
先読みして「こうしなさい」とコントロールしてしまいがちですが、
谷さんは徹底してお子さんたちに寄り添います。
子育てはお花の仕事にも通じると言います。
「辛い冬を過ごし、やがて春が訪れるように、
人の体と心にも季節があると思うんです。
自分でお花を育て、それを束ねて相手に花を贈る時、
季節を感じ取ることが、子育て、仕事、すべてプラスに働いていると思います」。
3年前に岩手に移住し自ら花木を育てる生活を送る谷さん。
日々自然に接することで、そう思うようになったそうです。
移住のきっかけになったのは、ご自身の交通事故でした。
不幸中の幸いで大怪我には至らなかったものの、
長い間不調に悩まされることに。
「まず頭をよぎったのはスタッフのことでした。
ムチ打ちも半年間くらい治らず、人を抱えているというプレッシャーもあり、
今度こそ仕事を辞めなきゃいけないのか、と悩みました」。
そんな時、長男に「お母さんの好きにしていいよ、
自分で何とかしてお金を貯めて大学にも行くし、
それより、お母さんのことを慕って集まってきてくれた人たちのことを考えてあげて」と言われたとか。
取引先との様々なタイミングも重なり、
結局、一人一人のスタッフと相談の上、
20人いたスタッフを半分に減らし、アトリエを縮小して場所を移すことにしたそう。
ちょうどその頃、岩手県で山に巡り会います。
実は、谷さんは自ら花木を育てるためにずっと土地を探していました。
自分で花を育てたいと思ったのは、
以前、仕事で東北を訪れた時に、
厳しい冬を乗り越えた植物は美しさが違うと痛感したから。
自然の中に身を置いて花木に向き合いたいと思ったそうです。
「岩手では木や植物からエネルギーをもらっています。
私の手で花を束ねて、それを受け取った人が元気になって欲しい。
山では何も無駄がありません。
自然から必要な部分だけいただいて、切り離したものは土に戻して再生させます。
都会では、大きな単位でお花を買わなければならならず、
結局、使う分以外は処分することになってしまいます。
自然の中に身を置く暮らしは、私へのご褒美。私がいただいたご褒美を、
今度は私がお花を通してまた誰かに返していかなければならないと思っています。
花を束ねていると、人にはきっと役目があると感じます。
私はたまたま花に出会え、自然から大切なことを教わっています。
きっと誰でも、どんなことに出会ったとしても、
目の前のことに一生懸命取り組んでいれば、きっと道は開けると語ります。
谷さんのお話を伺っていると、
たとえ辛いことがあっても、悲しみに留まらず、
自分が喜ぶ方へ、明るい方へグッと人生の舵を切っていると感じます。
自分を奮い立たせて、目の前のことに一つ一つ丁寧に向き合ってきたからこそ、
願いは叶っていくのだと思いました。
もしかすると、子供は親の言うことは聞かなくても、
親の背中は誤魔化しようがなく、
真摯に生きる姿は何より響くものなのかもしれません。
たとえ忙しくても、
“こんな大人になりたい”と憧れられるような姿を見せることが、
何より子供への生きた教育になるのかな、と感じずにはいられませんでした。
次回はそんな谷さんのお仕事について伺います。