ライターズ・マルシェ

アクシデントは自分が次に進むために起こるもの。谷匡子さん vol.3

お母さんが働くって、どういうこと?  谷匡子さん vol3

 

「atelier doux.ce」を主催するフラワースタイリストの谷匡子さん。
長男(26歳)、長女(23歳)、次男(17歳)、三男(12歳)の4人のお母さんでもあります。

前回は関西を拠点に活動されていた時のお話を伺いました。

長男、長女が生まれて、仕事が順調に進み始めた頃、
ご主人が仕事の都合で上京することになりました。
関西にいる6人のスタッフに仕事を割り振り、上京して再スタートを切ることに。

軌道に乗っていた仕事を手放すのは惜しくなかったのでしょうか。

「その時、かけがえのないスタッフにも出会え、
10年かけてようやく仕事が軌道に乗りだしたというところ。
その矢先の主人の転機でした。
周囲からは、積み上げてきた仕事を全て手放して新天地へ向かうことを反対されましたが、
私は家族が一緒に歩むことを選択しました。
きっかけは主人の仕事でしたが、
私にとっても次なるチャレンジと考えたのです」。

一番辛かったのは、
信頼してついてきてくれていたアシスタントに
上京することを伝えることだったとか。

仕事で京都に行く途中で打ち明け、
号泣したことを今でも覚えているそうです。

dsc_2261

 

上京後、カメラを買って、お花の写真を撮り宣伝材料を用意し、
一から生け込み先を開拓しました。
ようやく1件、インテリアショップから仕事をもらったのを機に、
生け込み先は少しずつ増えていきました。

 

仕事も軌道に乗り始め、1人スタッフも雇った頃、
33歳の時に3人目の次男を出産。
ところが、出産直後に赤ちゃんが入院する事態に!

幸い赤ちゃんは回復しますが、
スタッフが止むを得ない理由で急に辞めてしまったのだといいます。

「その時はショックで、
生け込み先のインテリアショップで急に手が動かなくなり、
お花を生けられなくなってしまいました。
これではお花にも申し訳ないと思い、
お店の社長に相談して仕事をしばらくお休みすることにしました」と谷さん。

出産直後で体力も回復しない中、お子さんの看病もしながら、
一人でお花の仕入れと準備、生け込みをすることになるなんて、
体力的・精神的にも相当に追い込まれていことは想像に固くありません。
初めて仕事を辞めることも脳裏によぎったとか。

「1ヶ月くらいお休みした頃、
当時8歳だった長男に“お母さんお花やめようと思う”と打ち明けたら、
“俺、夢を諦める奴、大嫌い”と言われてしまいました。
寂しい思いをさせていると思っていた長男の言葉で心が切り替わり、
“辞める”という言葉は2度と口にしないと心に決めました」。

そして、今度はむくむくとお花を生けたくて仕方なくなったそう。

「生け込み先のお店の社長に、
やっぱりお花を生けさせてくださいとお願いしたら、
“待っていたよ”と言ってくれたんです。
それから順調に仕事は増えました。
時が味方をしてくれて、辛かったことは全部忘れてしまうのです」。

dsc_2245

その後、お母様やご兄弟でお父様の闘病生活を4年間支え合うことになりました。
お父様の死を通して命の尊さと家族の大切さを改めて感じたそう。

そして、“今の自分にできることは何か”と考えた末に、
4人目のお子さんを生もうと決心されました。

4人目のお子さんを妊娠した時は、
10人いたスタッフが連携して谷さんを支えてくれたそう。
お父様の介護をやり遂げたお母様も実家から駆けつけてくれました。

妊娠・出産はいくら頑張っても一人では乗り切ることができません。
想像もしない事態に直面することもあります。
周りに助けを求めることは、とても大事なのだと改めて感じました。

「仕事があるときに限って子供が発熱したりなど、
トラブルは常に起こります。
でも、私はいつも“そうだ、それでいいんだ”と思うことにしています。
全てが学び。アクシデントが起こったとき、次にそうならないように工夫すればいい。
一見悪く思えることがあっても、見方を変えれば、自分が試されるチャンス。
今では何があっても、“そうだ、それでいいんだ”と思えるようになりました」。

4人のお子さんを妊娠・出産し、育てながら、
自分の生き方と仕事のスタイルを柔軟に変えていく。

家族の仕事を優先して環境が変わっても、
一から自分の居場所を作り人との信頼関係を築き上げる。
そんなしなやかな強さが谷さんにはありました。

次回は、お子さんたちとのエピソードについてお伺いしたいと思います。

You Might Also Like