ライターズ・マルシェ

1杯の升には1杯の水しか入らない。谷匡子さん vol.2

「お母さんが働くって、どういうこと?」 谷匡子さん vol2
 

「atelier doux.ce」を主催するフラワースタイリストの谷匡子さん。
長男(26歳)、長女(23歳)、次男(17歳)、三男(12歳)の4人のお母さんでもあります。

今回は働きながらの子育てについて伺いました。(vol1は、こちらを)

東京と岩手の2拠点でお花の教室を開催し、
スタッフを抱えてショップの生け込み、
フラワーパフォーマンスも行っている谷さん。

忙しい日々の中でも子育てで大切にしていることがあるそうです。

「子育てをする上で、2つ決めていることがあります。
1つは、夕飯は一緒に食卓を囲むこと。
どんなに忙しくても夜は予定を入れずに、家に帰って子供と一緒に食べています。
だから、夜間の仕事は受けないことにしています。
もう1つは、子供の具合が悪い時は、基本的に自分で看病すること。
スタッフを雇って育てているのも、
どんな仕事も穴を開けず責任を持ってやり遂げるためです。
子供がいるからマイナスになるとは一切考えません」。

どんな仕事にも対応できるように環境を整えること。
そして、最初から「やる」ことを決め、
その逆に「やらない」ことを決めておくこと。

確かに、自分の中で決まりごとを決めておくと、
「できるかな」と悩むこともなく、
気持ちも楽になるのかもしれません。

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そして、育児と家事をやりくりをする上で、
パーフェクトを目指さないことだと言います。

「決して100点を目指さないで、20点くらいでいい。
いつも低めに目標を設定して、
子供にも自分にも“ま、いいか”という持つようにしています。
本当なら、掃除も片付けもしたい。
でも、あれこれ欲を出すより、
誰に対しても感謝の気持ちを忘れないことが大事だと思います。
自分が目一杯になると、夫や家族、周りの人、職場の人に対しても不満が出てくる。
でも、不満を感謝に変えたら全てがうまく行く。
うまくいかなかったことも、うまくいったように思えます。
子供がいることにも感謝だし、子育てをしながら仕事ができていることも感謝。
母がよく、“1杯の升には1杯の水しか入らへん”と言っていました。
コップ一杯の量しか入らないのに、入れすぎると溢れてしまう。
特に子供が小さい頃には、色んなことに手を広げないようにしていました。
思ったようにできなくても、自分を責めない。誰のせいでもない。
子供が一番幸せのは、お母さんがいつもニコニコしていることだと思います。」

今抱えている悩みは、
もしかすると時が解決してくれることもあるのかもしれません。

多くを求めず、与えられた環境でベストを尽くすことが大事なのだと感じました。

「私は他のお母さんより子供と過ごす時間は短いかもしれないし、
そんなに構えていないかもしれない。
子供とは長い時間ベッタリいることはできないけれど、
共に過ごせる時間はスキンシップなどを大事に、
子供の心と体に寄り添うことを優先しています。
そして、子供には親以外の人からも沢山学ぶ機会を与えたいと思っています」。

働いていると“子供に寂しい思いをさせるのではないか”という悩みを抱えることがあります。

大事なのは一緒にいる時間の長さではなく、
一緒に過ごした時間の豊かさなのかもしれない、と感じました。

 

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そんな谷さんですが、子育てと仕事の両立に葛藤した時期もありました。

25歳で第一子を出産した谷さん。

その頃、関西で「atelier doux.ce」を設立して間も無く、
生け込みの仕事が軌道に乗り始めている時でした。

当時、生後2ヶ月だった長男を預けるところがなかったので、
長男をおぶって花市場へ行っていたそうです。

「仕事を下さっているクライアントにとっては、
こちらの妊娠・出産・子育てなどの事情は関係ありません。
お金をいただいている以上、しっかり仕事をするのは当然のことです。
子供を預ける人もいないし、自分で考えて行動しないと、
覚悟を決めて花市場に子供を連れて行きました」。

最初は「子供を市場に連れてくるなんて」と批判的だった人たちも、
そのうち「子供を抱っこしてあげるから、お花を仕入れておいで」と
協力してくれる人の方が多くなったそう。

 

そして、その後も仕事を続けながら28歳で長女を出産します。

長女の妊娠中もつわりが酷く、切迫早産になってしまったそう。
自分が動けないので、お花はFAXで注文して自宅に届けてもらい、
ご主人がお花の水あげなどの作業を請け負ってくれたとか。
そして、スタッフに指示を出してお花を生けてもらい乗り切ります。
出産後も子供を連れて授乳しながら生け込みをしていました。

そして、ようやく保育園に空きが出て、
お子さん2人を保育園に預けることができて一段落した頃、
阪神淡路大震災に遭います。

「当時、オムツとミルク、お湯はいつも手元に置いて暮らしていましたね。
仕事もゼロになりました。
でも、その時“せっかく私は元気なのだから何かできることはないか?”と考えて、
お世話になったお店にお花を生けることを思いつきました。
それで、自分の貯金をはたいて、半年間くらいお花を生けにいきました」。

震災の後、しばらく営業を停止しているお店もあったそう。
見返りを求めず、半年間お店に生け続けたという谷さんの姿勢には頭が下がります。
そのことをお店の人が覚えてくれていて、後に仕事に繋がったこともあったとか。

そして、仕事が軌道に乗り6人のスタッフを雇うようになった頃、
今度はご主人の仕事について上京し、
活動の拠点を東京に移すことになります。

そのお話は、また次回に続きます。

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