「未来」のために「今」やることを決めない。「SA-RAH」帽子千秋さんその4

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愛媛県大洲市で、リネンやコットンなど天然素材を使った洋服を作るショップ「SA-RAH」を
営む帽子千秋さんにビジネスについてのお話を伺っています。

 

「SA-RAH」の洋服は、お店に並べる前に必ず一度水洗いをするのだそうです。

「日常にどんどん着ていただきたいんです。
泥んこの子供を抱きしめても、いいよいいよ洗えばいいから……
という服でありたい。
最初に洗っておくことで、皆さん気がラクになるんですよね。
洗いっぱなしのシワごと見てもらったら、安心されるみたい。
買って帰って洗ったら縮んじゃった、みたいなこともないし」と帽子さん。

 

お店をオープンすると決めた時、縫製工場を契約をして、
生地をロールで渡して縫ってもらうことにしました。
「サンプルは私が縫っていたけれど、私は縫製のプロではない、ということはわかっていました。
私の縫い目の洋服を着てほしいんじゃない。
信頼を持って着ていただきたいから、プロの方にお願いしました」。

縫製が上がってきた服を洗って干した後には、必ず検品をします。
近所に住む知り合い2人にアルバイトで検品をお願いしていたら……。

「私ね、人を雇う時に履歴書も出してもらわないし、
その人が今まで何をしてきたかなんて質問もしないんです。
2人が楽しそうに検品をしながら話しているのを聞いていたら
『ああ、この脇はこっちに倒したらゴロつかないのにね〜」と
縫製のプロのような会話をしていました。
『ねえ、ねえ、二人とも、今までなにしてたん?』と初めて聞いてみたら、
なんと隣町の縫製工場で、某有名ブランドの服を縫っていたのだとか。
子育てとの両立が大変で辞めたそう。

『ねえねえ、今縫いたい気分?』ってきくと
『え〜、縫いたい、縫いたい!』ってことになって。

じゃあ、ファクトリーを作ろう!
と自宅の隣にプレハブ小屋を建てて、
もう一人、パタンナーの子と3人で『SA-RAHファクトリー』を作りました」

今では、一部外の縫製工場に出していますが、ほぼ自社で
縫製から販売までを手がけるようになったそう。

こんな風に、帽子さんは「誰かの得意」を見抜いて、それを生かせる「場」を作ることがとても上手。
そしてこれは、ビジネスで成功している「社長」と呼ばれる人に共通する
「人を生かす力」のように思います。

 

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帽子さんならではのスタッフへの接し方があります。

「みんなに、おしゃべりしながら楽しい気持ちで縫って、って言っているんです。
黙々縫って、10枚できました、っていうより、
おしゃべりしながら、今日は8枚
っていう方が、いいと思っているんです。

仕事より子育てを優先してもらいたいし、
参観日も行きたかったら行ってきて、と。
小学校5年生の参観日は、遡っては行けないよ、と伝えています。

そんな仕事のやり方で、どこまで私が生きていけるかを実験中なんです。
実験って、中途半端が一番ダメなんですよね。
とことんやってみて、ああやっぱり無理!となったら、
ギアチェンジができますから」

 

そんな「SA-RAH」の服は、東京に2店舗、松山、徳島と取扱店が広がっています。
でも、「私は卸しはしないんです」と帽子さん。

「全て委託販売です。
だから、預けて縁がなかった服は、全て戻ってきます。
だって、卸して売れ残った洋服を、セールで売るなんて、
洋服がかわいそうじゃないですか?
私にとっては、自分で作ったのは全部大好きな服だから、
戻ってきても嬉しいんです。
でも、また絶対にどこかで縁は結ばれるはず。
流行り廃りでは作っていないので……。

SA-RAHの服は、私にとって子供のようなものだから、
息苦しい経済の流れで動いていくんじゃなくて、
本当に心地いい、ちゃんとした対価のもとに行くやり方を実験中なんです」

 

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実は、昨年松山市内に、「SA-RAH est」をオープン。
たまたま知り合いの陶芸家、杉浦史典さん、綾さん夫婦が住み始めたビルの1階を
シェアする形でオープンしました。
ワンフロアーの一角が史典さんのアトリエとカフェ。
その横が「SA-RAH」の店舗です。

さらに、2008年から、そのシーズンのカタログをムービーにして紹介。
なんと去年は、クロアチアロケへ。
「たまたま、クロアチアの国立バレエ団で活躍されていたモデル、タラさんと知り合って……。
SA-RAHの洋服を着てくださっている姿がとても素敵だったので、
ムービーのモデルをお願いしたんです。
だったら、クロアチア、行っちゃう?ってことになって(笑)」

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カメラマン、モデルとともに海外ロケに行くなんて
まさに「お金を見ていない」帽子さんだからこそできること(笑)!

帽子さんは、こんな風に語ってくれました。
「私ね、主婦をずっとやってきたから、
夫の給料が20万円で、じゃあ食費が月3万円で……と
ずっと家計をやりくりしてきたんです。
家計簿を毎日つけていたわけじゃないけれど、
今月はあと5日を三千円で過ごさなきゃ、とか
そういう肌感覚はずっとあったんですよね。
だから、いきなりポルシェ買おうなんて絶対にしない。

ムービーの制作は、お金はかかるかもしれないけれど、
みんなが面白がってくれれば、
その時の数字にではなくて、あとから返ってくるんじゃないかなあって思っているんです。

身の程を知っているから、
ちゃんと自分たちの力でどこまでできるか
その振り幅を感覚でわかっているような気がします」

 

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未来のことは考えない、という帽子さん。
「5年後、10年後にどうしたい、とかまったくないんです。
今の積み重ねが、未来を作ると思っているから。
未来のために「今」やることを決めたなら、明日死んだら後悔するじゃないですか?(笑)」

 

今回、帽子さんのお話を伺う中で、何度もでてきたのが「実験中」という言葉でした。
やりたいこと、楽しいこと、お金のこと、経営のこと。
その優先順位や、バランスは、頭で考えているだけではわからない……。
まず、やって、その結果を見て、次にやることを考えればいい。

「実験中」ということは、失敗するかもしれないということです。
でも、帽子さんはそれをちっとも怖がっていませんでした。

むしろ「実験って、振り切らないと結果が見えないと思うんです」と語ります。

失敗しないように、とまだやり始めていないことの解決策を練るよりも、
どんどん失敗して、そこから学ぶことの方がずっと大事……。

 

「お金を見ない」という帽子さんのお店の経営は、
一見無謀のように思えるけれど、
実は、とっても「ビジネス的」なのではないかと思いました。
大事なのは、自分がワクワクすること。
お金によって、そのワクワクがしぼんでしまわないように……。
それは、ビジネスの軸をブラさないということ。

 

お店でコンサートを開いたり、
大洲の街を丸ごとプロデュースしてお祭りを開いたり、
「私が大洲にいなくてもお店が回っていくか実験する!」と公言して、
1か月近くオーストラリアへ行ってしまったり。
相変わらず、帽子さんはいつ会っても楽しそう。

 

「やってみたいこと」の種を手にしたとき、
不安や心配にとらわれず、陽の光が当たる方へと歩き出せば、
きっとうまくいくのかも……。

帽子さんの「実験」に私も参加したくなりました。

 

撮影/近藤紗菜

 

 


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