色彩プロデューサー稲田恵子さん No4

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中電病院 放射線科通路壁画

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笠岡第一病院(テーマ「つなぐ」)

学校と同じ聖域と言われるのが病院です。
「病んでいる人にこそ、色の力が必要なはず」
と考えた稲田さんは、
まずは、病院に下見に出かけました。
許可を取ってから写真を撮らせてもらい、
持ち帰って、壁をアートで彩るホスピタルアートの提案書を持って
行きます。

相手がそれを依頼したわけでもないのに、
「こうしたらどうですか?」と提案する。
そのハードルの高いこと!
当たり前ですが、大抵の病院は門前払いです。

私は、てっきり稲田さんは
病院から依頼されて、色を塗ったり絵を描いたり
してこられたのかと思っていました。

「必要」と思われていないところへ
「必要」を提案にしいく……。
可能性の低さを考えれば
普通なら「行ったって無駄……」と思うのに……。

「もちろん、ノシイカみたいに打ちのめされて、ぺったんこになります。
でもね、見つけちゃったんですよ。
これがやりたいんだって。
やりたいことをやるためには、
やるための場所を、自分で作らなくちゃいけません。
だから、断られても断られても行く。
今まで誰もしたことないことをしようと思う人は、
誰でも通った道だと思いますよ
ゼロを1にする作業だったと思います」

最初に依頼をくれたのは、
街の小さいけれど、とても流行っている歯医者さんでした。
1件実例ができると
「あそこがやっているなら、うちも」
と依頼がきたそうです。

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たけだ歯科医院

「病院で、ドローイングをしている最中
いろんな人が見にくるんです。
『絵をずっと習っていたけれど、癌で入院しているんですよ』
というおばさん。
夜になり、そっとやってきて、
『おじいちゃんが、僕のほうがずっとうまいっていってたよ』
という小さな男の子。
『完成するのはいつですか? その日に退院したいんですけど』
と聞きに来る女性。
そんな患者さんたちの言葉を聞いたら
ああ、やっていてよかったなあ、って思うんです」

壁に絵を描いてもらうアーティストもご自身で探し
アポイントを取り、会いに行ってお願いするのだとか。
「だから、私、しょっちゅう本屋さんの絵本売り場に
行っているんです」と笑います。

大変な方へ、大変な方へ。
稲田さんは、自分で選んでそちらに進んでいっているよう。
それでも
「そうじゃなきゃ、私がやりたいことができないのよ」
と語ります。
そのブレのないこと!強いこと!

人は、やりたいことを見つければ
それを「やる」力を与えられる……。
やれるか、やれないか、
と迷い、悩むうちは、その力を与えられないのかもしれません。
でも、いったん「やる」と決めたときから、
それは、「できる」に変わる……。
たとえ、どんなに大変なことでも、
不可能を可能に変えるスイッチは、
唯一、自分が「やりたい」「やる」と決めることなのだと
稲田さんに教えていただいた気がします。

「小児病棟で、
子供が声が枯れるほど泣いている病室のドアのこちらで
お母さんが、じっと耐えているんです。
そういうときに、
『ね』という言葉が力を発揮します。
『痛いけどがまんしてね』
『あれ、食べようね』
『頑張ろうね』
『ね』は、おかあさんと子供の、
短い短い確認の言葉。
この人たちを、助けることは、私にはできない。
でも、何もしない、というわけにもいかない。
だから、せめて「色」やアートで
元気になってもらえたら、と思います」

今年69歳。
「働けるのは、あと3年間ぐらいなあ」
そう語りながらも、
これからどうしても手掛けたい場所があるのだそうです。
「それは、夢のまた夢……。どうしたら近づけるかと、今も考え続けています。
いつまでたってもスタートラインに立っている感じですね」。

そう語る稲田さんは、
まさしく、思うがままに突き進んできた
「ワガママン」でした。
でもそれは、決して自分のための「わがまま」じゃない……。
誰かの気持ちに寄り添うために。
誰かの心がほんのすこし安らぐように……。

もしかしたら、人は自分のためでなく、
他人のためだからこそ
最強の「マガママン」になれるのかもしれないな、
と思いました。

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