ヒーミー 下川宏道さん 里美さん vol5

 

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「himie」のデザイナーで社長の下川宏道さんと、奥様の里美さんに、ビジネスについての話を伺っています。

 

大阪市淀屋橋に、昭和2年に建てられたという芝川ビルがあります。
今では、器作家のイイホシユミコさん、ガラス作家辻野剛さんのお店や、カフェなどが入り、
大阪に行ったなら、必ず立ち寄りたい場所になっています。
ここに、いち早くお店を作ったのが下川さんでした。

「伊勢丹大阪に出店したものの、売り上げが思うように上がっていきませんでした。
ただ、このとき来てくれたスタッフが素晴らしくて。
彼女が芝川ビルの屋上でフリマがあるという情報を持ってきてくれたんです。
大阪で何か新しいことをやりたかったので、出てみようかと思って……。
そうしたら、すごくいい建物だったんですよ。
ちょうど空いている部屋があるというので見せてもらい、すぐに決めました」

こうして大阪店開店が決まったというわけです。
つまり、直営店1号店は大阪だったというわけ。

「芝川ビルの周りは道修町といって、昔から薬問屋が軒を並べていたんですよね。
だから、内装をするにあたって、インテリアコーディネーターさんに『薬局みたいな感じで』と伝えました」

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実は下川さん、自他共に認める「物件オタク」で「建築好き」。

「大阪店は壁の下の部分が少しアールになっているんです。そうすると居心地がよかったりするんですよね。
お店って、見えない部分がちゃんと感じ取れる。
それで滞在時間が長くなったりするんです」と下川さん。

 

「それって、誰かに教えてもらったんですか?」
と聞いてみると

「いやいや、いろんな建築見ていると、居心地がいい空間ってこんな感じなんだなあって
わかってくるんです。
宿とかは、泊まって見ると特にわかりますよね。
写真や本などでは伝わらないんです」

確かに、その後オープンした東京表参道の「himie rings」も、「himie aoyama atelier&shop 」も
しんと静かな佇まいで、ゆったりとくつろげる内装です。

「いい空間だとね、お客様と深い話ができるんです。
ゆっくり世間話しているうちに、気づいたらあれこれジュエリーを買ってくれる(笑)
お直しでいらしていても、指輪を買ってくれるとか……」

「いいおしゃべりは、売り上げにつながりますか?」と聞いてみると

「つながりますね〜」と下川さん。

実は、今京都店オープンに向けて準備中。

「京都でイベントをしたら全然売れなくて……。
こんな売れないイベントは初めてだっていうぐらい。
どうしてか、確かめるためにお店を出すんです(笑)
ちょっと壁を乗り越えてみたいのかな?
京都って世界中の人が集まるでしょう?
パリで個展をしたときにも、日本の見方は『東京or京都』でしたから」

京都御所の近く、烏丸丸太町から二本南の夷川通りに物件見つけて、6月24日にいよいよオープン予定。
「熱海に、建築家村野藤吾さんが90歳の頃に設計したという宿があるんです。
京都店の内装を考えるのに、そこがどうしても見てみたくて……。泊まりに行きました」

建築のみならず、
下川さんの興味は多岐に渡ります。
ファッションも大好き!
「中学生ぐらいからデザイナーズブランドを着ていました。
当時ですから『JUN』とか『ミチコロンドン』とか「ポッシュボーイ」なんかね。
お金がないから、年に一回ぐらいしか買えないんですけど、
マルイなんかに行って、頑張ってセールで買ったり。
当時、いろんな友達がいて、パンチパーマのやつ、シブカジっぽいやつ。
キレカジ(きれいめカジュアル)のやつ……。
なんか統一感なくて面白かったなあ」。

 

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そんな下川さんのお話を聞いていると、
どうやら「これが嫌い」と切り捨てることがあまりないよう。

「そうそう、捨てられないんですよ。
もう家のクローゼットとかすごいですよ。これでもか、っていうぐらい服が入っていますから。
アトリエの机の上もいろんなものがごちゃごちゃあって、
昨日も『どうしてこの人は、こんなに捨てられないんだろう?』と思いながら片付けていました」
と笑う里美さん。

「下川さんの辞書には『不要』がないんですね」(一田)
「あっ、そうかも!そうですよ」(里美)
「断捨離なんて、意味わからないし(笑)」(下川)
「あ、わかった!『himie』のビジネスのコツは『捨てない』ってこと?
客層でもどんな方でも受け入れられますもんね?」(一田)
「こだわらないですね。どんな年齢でも受け入れます(笑)」(下川)

 

そんな風に3人でワイワイ話をしながら、ひとつ疑問が湧いてきました。
だったら、下川さんの個性ってなんでしょう?
『himieらしさ』ってなに?

「オレらしさって、必要かな?」と下川さん。
「少し匂いをつけるくらいでいいんじゃないかな?
主張するのは好きじゃないんで。
ジュエリーもその人にフィットすればいい……」

どうやら、下川さんのビジネスは、主張することではなく「受け入れる」ことで
成長してきたよう。

「う〜ん、なんの作為もないからね。
ビジネスをしようと思ってしてきたわけじゃない。
ただ、流れにのってここまできただけ。
今の時代、デザイナーだから絵を描いていればいいっていうわけじゃない。
お金の計算もとりあえず全部できた方が絶対いい。
ブランドを立ち上げたとき、成り行き上、ひとりでやるしかなかったけれど、
誰かに手伝ってもらわず、ひとりでやったことがよかったかなあ」と下川さん。

「スタッフに恵まれましたね。
作ってくれる職人さんたちとショップスタッフ」と里美さん。

「彼女たちは、悩みをどんどん貯めていってしまうので、
それを解消するのがオレらの役割かな。
5人いたら5人の価値観で仕事をしますから」と下川さん。

きっとスタッフの皆さんも、私が下川さんに会ったときに感じる
あの心がほっと温かくなる感覚を味わうのだと思います。
ここにも「受け入れてもらっている安心感」がありました。

意図して、ガンガン攻めるより、
待って、「受け止める」というビジネスの仕方もある……。
それは、私にとって大きな発見でした。
「これ、いいでしょ」「すごいでしょ」「素晴らしいんです」と声高に言わなくても
お客様の「必要」を大きく受け入れる……。

そのために、アンテナを張り、興味の対象を増やし、何も切り捨てず、
ニーズをキャッチするポケットを増やしておく。

それを、自然体でしなやかにやってしまうのが下川さんのすごいところ。
「受け止められている」という安心感は、どんなビジネスプランよりも
お客様の心をしっかりとつないでいくのだなあと感じました。

写真 近藤沙菜

 

 

 


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