未来や過去でなく、「今でしょ!」とマウイで思う

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日本は寒の戻りなのだとか……。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

ハワイは今冬で、一年のうちで一番涼しい季節です。
私はビーチで遊ぶわけでもなく、プールにも入らず、ショッピングに出かけるわけでもなく、
ただ風や波音に耳を傾けながら、本を読んだり、散歩をしたり、
オーガニックスーパーでデリを買って公園で食べたり……と
何にもしないで過ごしております。

 

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こちらでよく見かけるのが、
小さな子供を連れた各国の家族づれです。

あの人たちは、自分の国に帰ったら、どんな家に住んでいるのだろう?
どんな日常を過ごすのだろう?と想像を巡らせます。
お父さん、お母さんたちはおそらく20代か30代。
それを思うとなんだか胸がきゅんとします。

ああ、私にもあれぐらい若い時代があったんだよなあって……。
そして、もうあの年齢には戻れないんだよなあって……。

 

私が 20〜30代の頃、自分が何者になるのかわからなくて、
フリーライターになったものの不安で、
ハワイに取材に来たときも、
海外での初めての仕事について行くのがアップアップで、
ちっとも楽しめませんでした。

いつも、「ねばらなぬ」ことばかり考えて、
楽しむことを後回しにしてきたなあ。
そして、
「ああ、もっと実力がついてラクになればいいのになあ」
とか「私の将来は、どうなるのかなあ?」など
「ここ」ではない「どこか」へ行くことばかりを考えていました。

でも、この年齢になって
ああ、どうしてあの二度と帰ってこない20代、30代を
もっと思い切り楽しまなかったんだろう……と思うのです。

あの頃の私に言ってあげたい。
不安でも、足元がグラグラしてても、
20代でしか感じられないこと、30代でしかできないことが
い〜っぱいあるんだよって。

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ちょうどこちらに来てから読み始めた本は
沢木耕太郎さんの「春に散る」。
かつてプロボクサーとして同じジムで過ごし、
もう老年に差し掛かった仲間4人が、ふとしたことから共同生活を始め
20代の才能溢れる青年ボクサーを育て始める……
というお話。

後書きで沢木氏はこんな風に書かれていました。
「私が書きたかったのは、見事な『生き方』でもなく、
鮮やかな『死に方』でもない。
そのような言葉があるのかどうか定かではないが、
あえていえば『在り方』だった。
『生き方』や『死に方』という未来のために
現在をないがしろにしたり犠牲にしたりせず、
いま在るこの瞬間を慈しむ………」

私には、どこかハスに構える習性があって、
今までいろんな場所で、「私の本当の居場所はここではないわよ」と
おすまししていた気がします。

夢中になって流行りを追いかけている人や、
熱く今を語る人を、ちょっと斜めから覚めた目で見ていた気がする……。
みんなが「北欧雑貨がいい」といえば、それをあえて避けたり、
旅行に行く前に細かくあれこれ調べる人を「すごいねえ」と言いながら、
「私はあれほどの情報は必要ない」と、やや引いた目で見たり……。

でも、50歳をすぎたいま、やっと思えるようになりました。
「今でしょ!」って。

今、夢中にならなくて、いつなるの?
今、目の前のことを思い切り味わわなくて、何を味わうの?って。

20歳や30歳には戻れないけれど、
あれこれ心配したり、カッコつけたりせずに、
50代の今を思い切り楽しみたいと思うマウイの朝です。

今日は、プルメリアの香りと、雨上がりの虹のおすそ分けです。

皆さま、いい1日を。

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